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from: orimasa2007さん
2011年09月16日 11時31分08秒
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日本周遊紀行(171) 宇佐 「宇佐八幡・応神天皇」
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日本周遊紀行(171) 宇佐 「宇佐八幡・応神天皇」 、
神社の数のランキングは1位・稲荷神社、2位・八幡神社、3位・神明神社・・、
日本で一番多くある神社はご存知「お稲荷さん」であるが、では二番目に多い神社は?と聞かれたとき、すぐに答えられる人は余程の神社通といわれるが・・?。
全国の神社のおよそ三分の一、実に3万社が八幡神社だという。
関西では京都・岩清水八幡宮そして関東では鎌倉・鶴岡八幡宮が代表的に知られているが、その大元締めともいえる総本社が宇佐市にある宇佐八幡宮(宇佐神宮)で、日本史の中では八世紀頃に最も注目を集めた神様だと言われる。
現在の場所に宇佐神宮が正式に鎮座したのは西暦725年(神亀2)頃と言われている。
その時の主祭神は応神天皇(誉田別尊・ホンダワケノミコト)であり、歴代天皇の中でも「神」という文字が「贈り名」(諡号・人の死後に、その徳をたたえて贈る称号)に含まれている三人(神武、崇神、応神)のうちの一人で、古代史の中でも別格の存在なのであるという。
その母親が、三の御殿に祭られている神功皇后である。
次に731年に祭神となったのが比売大神であり、いずれも太陽や海あるいは航海を司るのに縁のあるカミサマである。
では、何故、神功・応神親子と海のカミサマを一緒に、お祭りする必要が当時の九州にあったのか・・?、その理由は、かなり明確に分かっている。
「三韓征伐」について・・、
三韓征伐とは、神功皇后が行ったとされる朝鮮半島の新羅への出兵を指し、新羅が降伏した後、三韓の残りである百済、高句麗の二国も相次いで日本の支配下に入ったとされる。
このことは、4世紀後期ごろから倭国(ヤマト王権)が朝鮮半島南部へ進出したことを示す文献史料・考古史料は少なからず残されていて、倭が朝鮮半島に進出して百済や新羅を臣従させ、高句麗と激しく戦っていたことも記されていて、史実を反映したものとする評価もある。
時代は下って、記紀(古事記、日本書紀)などの記述によれば、神武以来、国内全土の平定が紆余曲折を経て進められていたが、7世紀頃には大陸で巨大な統一国家(中国・唐)が生まれていて、強力な先進文明を背景とした大陸、半島勢力が何時、日本本土へ進攻してくるかが問題であり、これが日本の実情でもあった。
7世紀後半には、その余波をもろに受けて朝鮮半島内が大混乱となり、相次ぐ戦乱、国家の盛衰が日本にも影響をもたらしてきた。
戦乱の結果、今からでは想像もできない規模で人・モノ・技術(それはいかにも文化そのものといってもよい)の流入があり、次に起こり得る事態に備えなければならなかった。
現実の大問題が発生したのは633年に起こった「白村江の戦」(はくすきのえのたたかい:前記)であり、唐・新羅の連合軍に敗北(百済と日本の連合)を喫した後、日本は半島への足がかりを全く失うことになり、今度は逆に、半島からの進攻を防ぐ手段を真剣に考慮しなければならない事態になった。
政治の中枢に居る人々は先ず、九州の守りを固めるべきだと九州の地に出来る限りの防御陣地を築き上げ、(今でも九州福岡の各地に遺構が残る) 尚かつ最も威力のある「守護神」を最前線に建て、国や土地を守りぬく必要があった。
その守護神として、神功皇后の三韓征伐を実績に、その帰路の途中に生んだとされる応神天皇(現世の初代天皇ともいわえる)が祭られ、武神として崇めたといわれる。
幸いなことに宇佐に祀られることとなった応神天皇の威光は強力新たかなもので、異国からの進攻によって国内が混乱することもなく、表面的には平和な日々が続いたとされる。
その神功皇后とは、応神天皇の母ということになっているが・・、
神功(じんぐう)皇后は、戦前は教科書にも登場する古代の女帝であり、皇后は妊娠中でありながら朝鮮半島に出陣し、新羅を討ち、また百済・高句麗をも帰服させて日本の支配下においた。(神功皇后の三韓征伐) その帰国後に応神天皇を産むことになる。
応神天皇については、日本が未だ倭国又は邪馬台国と言われた三世紀頃、神功皇后の下で若くて摂政職を賜り、後、第15代の天皇となり史的にも実在性が濃厚な最古の天皇といわれる。
応神天皇自身も、何かしら大陸との関係があり、大陸の史書によれば、倭国の朝鮮侵出を指揮したのは応神天皇の可能性も指摘されている。
又、応神天皇は、神功皇后の三韓征伐の帰途中に宇瀰(うみ、福岡県宇美町)で生まれたとされていて、成長して大和入りを果たす。
この事は神武天皇の東征伝説と似通っていて、応神天皇は大阪の「河内王朝」の始祖と見なす説などもある。
現在、墓陵は大阪府羽曳野市誉田六丁目の誉田御廟山古墳(前方後円墳)がある。
この時代、海に面したこの地は、大陸との交通も盛んで朝鮮半島から多くの渡来人が渡ってきて、水田開発や酒造などの技術や文化が伝えられたともいわれる。
その王朝の守護神が住吉大社(住吉三神を奉る)で、神功皇后が加わって御祭神となっている。
実際の遣隋使や遣唐使は、住吉大社で住吉大神の加護を受け、住吉津(現、大阪浪速)から出発したとされる。
引き続き「宇佐神宮」
『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真関係)
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