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  • from: H-2さん

    2014年02月02日 14時16分54秒

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    「三菱銀行立てこもり事件」を取り上げた番組について

    こんにちは。
    最近は少し暖かくなりましたが、まだ寒い日が続きますね。
    皆様、いかがお過ごしでしょうか(^_^)。

    さて、今回は、「三菱銀行立てこもり事件」を取り上げたテレビ番組の内容を考察(^_^;)したいと思います。
    だいぶ長い文章になってしまいましたが、御容赦下さい(^_^;)。

    昨年の9月12日にテレビ東京系列で放送された「解禁暴露ナイト」という番組で、元大阪府警察の警察官の「佐藤一彦」氏という方が出演していました。
    この番組は現在ユーチューブに投稿されており、閲覧できます。
    佐藤氏は1979年に発生した「三菱銀行立てこもり事件」に出動しています。
    この方については実は、2009年03月06日に、この掲示板で取り上げて言います。
    佐藤氏は当時テレビ番組に出演し、大阪府警察の特殊部隊である「零中隊」の元隊員として紹介されていましたが、実際には犯人の射撃に関わっていないことが判明し、テレビ局が後に謝罪の声明を出しました。
    日本に関わらず、海外にも「元特殊部隊員」を詐称する人が多いため、佐藤氏も「疑惑の人」として一部のネット上で議論になったようですが、今回の番組で事件当時の佐藤氏の所属や、行動が明らかにされましたので、以下に記載します。

    まず、この番組で私が注目したことは、佐藤氏が直接「零中隊」という部隊名称を発言した事です。
    零中隊は大阪府警SATの前身部隊ですが、非公式部隊であったので、何種類か呼び方があったようです。ですが佐藤氏が零中隊と呼んでいることから、大阪府警では、事件当時からこのような組織名称で呼ばれていたようです。
    また佐藤氏は、零中隊の所属について、「本部直轄」と表現しています。
    さらに氏の発言によれば、三菱銀行には2つの特殊意部隊が配置されていたとのことです。
    1つ目は先述した大阪府警本部直轄の零中隊です。
    犯人に接近し拳銃で狙撃する任務を担当していました。佐藤氏は「第1軍」と表現しています。
    佐藤氏の証言によれば、銀行内には零中隊とは別にもう一つの特殊部隊も配置されていました。
    この部隊は零中隊が犯人を狙撃した後、犯人と人質の身柄を確保することを任務としていました。
    この部隊は「第2軍」と表現しています。
    今回の番組で明らかになったのは、佐藤氏がこの「第2軍」に所属し、事件当時、部隊の「訓練指導者」であったということです。
    この部隊は事件当日、大阪の南港で人質立てこもり事件に対処するための訓練を行っており、事件発生を受けて、訓練時の装備で現場に急行したとのことです。
    それでは、佐藤氏が所属していたこの「特殊部隊」について、当時の情勢などを踏まえて考察したいと思います。
    あくまで推測ですが(^_^;)、御容赦ください。

    1979年当時の大阪府警には2つの特殊部隊が編成されていました。「零中隊」と、佐藤氏の所属していた「特殊部隊」です。
    それぞれの部隊の特徴を整理すると、以下のようになります。

    零中隊
    「ダッカ・ハイジャック事件」や「ルフトハンザ機ハイジャック事件」を教訓として、1977年に編成された部隊で、大阪府警SATの前身です。
    当時は部隊の存在自体が非公式とされており、西ドイツ国境警備隊の特殊部隊「GSG9」と同様の装備(チタン製メルメット、アサルトスーツ、ドイツH&K社製P9S自動式拳銃、MP5サブマシンガン等)を使用していましたが、訓練内容も含め、全て機密とされていました。
    三菱銀行人質事件では、部隊の存在を隠すため、トレーニングウェアにS&W社製の回転式拳銃という装備で突入しています。
    1996年に警察庁の通達で公式部隊(大阪府警SAT)となります。

    特殊部隊
    「よど号事件」や「あさま山荘事件」を教訓として、1972年の警察庁通達により、大阪府警察機動隊に創設された部隊です。
    1974年版の警察白書には、全国の機動隊に「特殊部隊」が編成されている、と記載されており、事件当時の公式な特殊部隊です。
    人質立てこもり事件やハイジャック事件への対処を任務としており、訓練指導者であった佐藤氏は、陸上自衛隊で狙撃の訓練や指導を受けています。
    部隊の装備は豊和工業製のライフル「ゴールデン・ベア」 や、当時機動隊に配備されていた防弾用装備などです。
    部隊の勤務体制などは不明ですが、当時警視庁機動隊に編成されていた同種部隊では、通常の機動隊として勤務しながら、定期的に訓練を行う「パートタイム体制」でした。ですから大阪府警の部隊も同様の体制であったと推測されます。
    この部隊は1996年の警察庁通達によって、無くなります。

    以上の内容から、佐藤氏はSATではなく、あえて言えば銃器対策部隊の前身部隊を指導していたという事になると思います。
    佐藤氏の当時の所属は確かに「特殊部隊」であり、人質立てこもり事件やハイジャック事件に対処するため、隊員を指導していました。
    ただし、大阪府警全体から見れば、零中隊の存在があったため「2軍」と見なされていたようです。

    また、これは余談になりますが、警視庁SATの前身部隊である「SAP」に所属していた伊藤鋼一氏は、軍事誌において「銃器対策部隊はかつて、SAPの存在を隠すための『表の特殊部隊』としての役割があった。」という主旨の文章を掲載しています。
    この「銃器対策部隊」はSATと同時に発足しているため、伊藤氏が述べているのは、先述した機動隊の「特殊部隊」のことだと思います。
    伊藤氏が指摘するように、警視庁や大阪府警機動隊の特殊部隊は、「第2軍」といった役割に加えて、「本当の特殊部隊」の存在を世間から隠すための「表の部隊」としての役割があったのでしょう。
    ですが、1996年に本当の特殊部隊(第1軍)がSATとして公式部隊になった事により、「表向きの特殊部隊」としての役目を終え、SATの支援部隊として「銃器対策部隊」が発足することになったのだと思います。

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