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from: もん吉。さん
2010年08月31日 11時02分41秒
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from: にしき鯉さん
2010年08月30日 22時11分01秒
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「Re:Re:Re:瞑想①」
hikaru0827 さんへ、続きです
<○釈尊の教えとヨガは、どのような関係と捉えられていますか?>
はい、釈尊が説いたものは一つの哲学です、そしてやっていたのはヨガです
ヨガは体操ではなく技術です、日本に伝わってきたのはハタ・ヨガと言われるアーサナを中心とした技法です
肉体が弛緩、緊張をくり返すことによって「緊張なき集中」を得ることを目的にしています(健康面だけで日本は取り入れています」
その上に、至高のヨガといわれるラジャ・ヨガがあります
そのラジャ・ヨガを体系的にまとめ上げたものが釈尊の教えに非常に近いです
・・・・・・・・・・・・・・・
<上座部教典に比べ、大乗教典は信頼感が低いと言われていましたが、龍樹は評価されているのですか?>
はい、竜樹は素晴らしい人だと思います
竜樹だけに限らず、各開祖はみんなそれなりのものを得ていたと考えます
釈迦が説いた一つの哲学を「信仰」という形まで発展させたのは後世の優れた弟子たちです
これによって仏教に縁のない者達に「教えという形」で縁を作りやすくしたと考えます
「三宝帰依」も釈迦が説いた物ではありません、しかし、釈迦滅後どうして在家の者たちに心の成り立ちを説明する事ができるんでしょう
「帰依」の心を「信仰」に変換したことで仏教は大きくなったと思います
私の評価が低いのは日本に伝わった大乗です
開祖はそれなりに救済者の意識があったと思います
それは空海にしろ、日蓮にしろ、同じです
ただ、日蓮が説いた法は段々拡大解釈され、今や、日蓮を拝む事が信仰の要で法華経は「大宇宙の真理」となっています
空海にしても、困った人々に自分が使える技で救っていたのに
今の密教はその技術(加持祈祷)だけをメインにして布教をしています
護摩法も本来は神への供養のはずなのにいつの間にか「祈願」の法になっています
正直な気持ちでこれは私にとって辛いですicon
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from: にしき鯉さん
2010年08月30日 22時08分27秒
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「Re:Re:瞑想①」
hikaru0827 さんへ
ご質問ありがとうございます
<自己の確立が出来ていれば良いかもしれませんが、心は不安定なものです。体調も影響します。
そのまま闇に飲み込まれる恐れがありはしませんか?>
大丈夫ですよ、
瞑想は「身、口、意」の順番に出来上がっています
そしてこの瞑想は一番深い「意」、意識にアプローチする方法です
野菜でいえば、この瞑想は「種まき」の種なんです
だから、なかなか根付かないんです、
人間はエゴが強いんです
そして、エゴが本質的に嫌がるのが無償の「自己犠牲」だからです
ほとんどの人が代償を求める形で「自己犠牲」を容認します
それは賞賛であったり、自分に対する満足感であったり、達成感であったりします
賞賛も満足感も達成感もそれ自体は悪いことではありません
大事なのはそれにこだわらないことです
hikaruさんはもう、このステージは卒業されてるのかも知れません
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ただ、根付いた場合と現実に他人を前にしての場合は、お話にあるように影響は出てきます
それを、どう捉えるかです
考えて見て下さい
カルマの理法は「為した事は帰ってくる」ですよね
たとえば、生まれて真理に出会うまでどれほど、業を積んだのでしょう
輪廻転生があるとしたら無始の過去からどれほどの善と悪のカルマを積んだのでしょう
今、真理にめぐり合ったからといって過去の業が即、浄化されるのでしょうか
それは絶対にありえません
だから、自分からアプローチしてイメージの種をまき、そこから変えていく必要があるんです
自分が傷つくのを恐れてはいけません
たとえ、他の想念の影響を受けても、それは所詮借り物の影響です
借り物の想念など時が立てば消えます
もちろん、正式なやり方には黒いエネルギーを消す方法もあります
でも、それは口伝されるものではなく体験するものです
( hikaruさんが望むなら個人レターで送ります)
ただ、瞑想は人によって合う、合わないがあります
仏教も哲学的な教えから入る人、信仰心からたどり着く人、神秘的要素から入る人、いろんなパターンがあります
瞑想も呼吸から入る、観想から入る、思索から入るものがあります
もし、独学でやるとすれば「合わないと思えるもの」はやらない方がいいでしょうicon
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from: もん吉。さん
2010年08月30日 11時39分46秒
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from: ueyonabaruさん
2010年08月30日 10時51分00秒
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「Re:Re:天狗たちの世界」
もん吉さんへ
> ところで、陰陽師についてはどう思いますか?
> 平安の世を守った安部清明は裏側の菩薩だそうですけど。
陰陽師は、DVDで見ることができました。裏側の菩薩ですか、そうなんですか。陰陽師のDVDには驚きました。大川先生と同じように、守護霊と語れるとか、念返しをするとか驚きの世界です。原理は、すべて二元論に基づくものなんですね。
> 霊能力を動的に使いこなすという意味では天狗の世界と同じように感じました。
> 陰陽の二元の考えは仏教の因果の理法と同じだと思いますけど。
天狗の世界とよく似ておりますね。因果の理法は、二元論とは少し別に考えたいのですが・・・・・。二元論は、この世のありように密接に関連しております。我々は、二元的な思考が一番分かりやすいと思います。善悪、右左、高低、深浅、無限有限、有無、正誤などこれなしにはこの世を語れません。二項対立であり、どちらかに傾こうととするものではないかと思います。
因果律は、原因結果の法則であると単純に考えられませんか?
パワーとしてのオカルティズムに説かれていることと少し違う内容のような感じですよね。
> どちらかというと、出口王仁三郎のような感じだけど。
> ちなみに僕は子供の頃は大本教の信者でした。
> 大本教も教義は二元論ですね。
大本教とは珍しいですね。今は、勢力は弱くなっているのでは。
谷口雅春師は元大本の信者で、そこから離れ、善一元、神一元の考えになりました。icon
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from: ueyonabaruさん
2010年08月30日 08時51分57秒
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「Re:Re:天狗たちの世界」
もん吉さんへ
非常に参考になりました。ありがとうございます。
> 裏の教えであるとか、表の教えであるとか立て分けて考えがちだけど。
>
> 裏の人はバランスが悪いだけで、自己鍛練は霊的向上に必要なことではあるんだよね。
>
> 本当は裏的な鍛練と表的な愛の学びを統合してステージを上がるんだけど。
>
> 先生は裏だからといって、否定されてはいないはずです。幸福の科学の基本教義としてそっちに行き過ぎることを戒められてはいますけど。
>
> 不動心には、その自己鍛練の部分は無視は出来ないと説かれてますよね。
>
> 先生のお心には偏りがないからね。
>
> 弟子の理解力の問題だと思いますよ。
>icon
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from: もん吉。さん
2010年08月30日 06時17分36秒
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from: もん吉。さん
2010年08月30日 04時49分35秒
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from: hikaru0827さん
2010年08月29日 23時35分00秒
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「Re:瞑想①」
にしき鯉さん・もん吉。さん・みなさんへ
○無師独悟?
にしき鯉さんは「無師」ではなく、2500年前にインドに生まれた「釈尊」を師とされていると理解しております。
もちろん釈尊は既にこの世にいませんから、上座部教典の学習、咀嚼を中心に釈尊の教えを理解実践されようとしていると思っています。
ヨガにも興味をお持ちなんですよね?
○瞑想
瞑想法については、各部で参考になる言葉があります。ご紹介ありがとうございます。
しかし、
【> 苦しんでいる人たちを目の前にイメージして、その相手から、苦しみやそのカルマが、黒いエネルギーになってにじみでている、と想像します
> あなたはその黒いエネルギーを、呼吸とともに鼻から自分の中に入ってくると瞑想すると。そしてそれを吸い込むことによって相手は苦しみがどんどん減ってくる】
のところは少々危険な香りが漂いますね。
自己の確立が出来ていれば良いかもしれませんが、心は不安定なものです。体調も影響します。
そのまま闇に飲み込まれる恐れがありはしませんか?
私のような初心者が、自宅で1人で行うのは危ないかもしれません。
○行法
>行法に関しては理論より体験です
修行方法は人それぞれで、タイプも違いますし、いちがいにどのやり方が正しい正しくないとは言い難いものです。
私にとって行法は日々の生活が中心です。ありふれた平凡な日々の中に修行があり、学びがあります。
瞑想も大事な事ですが、私はあまりウェイトを置いていません。
自分の心を見つめる時に、静かに集中するくらいでしょうか。
○にしき鯉さんに質問ですが、釈尊の教えとヨガは、どのような関係と捉えられていますか?
上座部教典に比べ、大乗教典は信頼感が低いと言われていましたが、龍樹は評価されているのですか?icon
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from: cosmo77さん
2010年08月29日 22時02分32秒
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「Re:大川総裁の質疑応答について」
ソウソウさん
> cosmoさんの仰るとおり、私も6〜7割、病気は、「心の問題」と解しています。
そうだったのですか
何だかすごくいつも否定的に聞こえておりましたので (ノ_<)
>ただ私は、心さえ統御出来れば、どんな荒れた生活をしても、自然治癒力が勝り、病気にならないとは思っていなくて、3〜4割の「身体のバランス」も健康には重要と考え、
確かに幸福の科学の場合ちょっとこの観点は少ないかもしれませんが 大川先生も 運動 食事など 確か言われていましたね
たばこをすう人は 救いようがない などとも言われていますね
>大川総裁も一時期体調を悪くした時期があることを「復活の法」で記しています。この辺の先生自身の実体験が、霊肉のバランスシフトに影響していると思います。
何年か前に ほとんど死んだ状態から復活されたそうですね
>その上で、教義上の矛盾、変更点について、疑問が噴出していましたので、サークルに参加させていただきました。
それはどんな ことでしたっけ?
方便の時代の終わり とかでしたっけ?
優先順位の高い方から 一つ書いていただけますか
みんな で考えてみたいと思うのですけど ・ω・
いかがでしょうかicon