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  • from: ueyonabaruさん

    2008年02月11日 11時02分54秒

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    佐倉さんの「死後の世界」観 2

     佐倉さんは、1997年11月11日に、AKさんから「旧約の偉人達の死後や、人々の死後」について問われ、次のとおり答えております。
     聖書の中から、抜き出していくのですが、ここでも、佐倉さんの形而上的価値を否定する考えは一貫しており、聖書は死後の世界については説いていないことを例証してゆきます。



    ・・・・・聖書は人間の死と死後についてどのように記述しているか、それをまず調べてみましょう。

    (1)アダムの死と「死後のアダム」

    アダムは、セトが生まれた後八百年生きて、息子や娘をもうけた。アダムは九百三十年生き、そして死んだ。(創世記 5:4-6)
    アダムの死についての記述はこれだけです。そして、「死後のアダム」などについては、聖書は何も語りません。


    (2)ノアの死と「死後のノア」

    ノアは、洪水の後三百五十年生た。ノアはは九百五十歳になって、死んだ。(創世記 9:28-29)
    ノアの死についての記述はこれだけです。そして、「死後のノア」などについては、聖書は何も語りません。


    (3)アブラハムの死と「死後のアブラハム」

    アブラハムの生涯は百七十五年であった。アブラハムは長寿を全うして息を引き取り、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。息子イサクとイシュマエルは、マクベラの洞穴に彼を葬った。その洞穴はマムレの町の、ヘト人ツオハルの子エフロンの畑の中にあったが、その畑は、アブラハムがヘトの人々から買い取ったものである。そこに、アブラハムは妻サラと共に葬られた。アブラハムが死んだ後、神は息子のイサクを祝福された。(創世記 25:7-11)
    アブラハムの死についての記述はこれだけです。そして、「死後のアブラハム」などについては、聖書は何も語りません。

    *ueyonabaru 以下は旧約の記述分は省略

    (4)イサクの死と「死後のイサク」

    (5)ヤコブの死と「死後のヤコブ」

    (6)ヨセフの死と「死後のヨセフ」

    (7)アロンの死と「死後のアロン」

    (8)モーセの死と「死後のモーセ」

    (9)ヨアハズの死と「死後のヨアハズ」

    (10)ヨアシュの死と「死後のヨアシュ」

    (11)ヤロブアム二世の死と「死後のヤロブアム二世」

    (12)アハズの死と「死後のアハズ」

    (13)マナセの死と「死後のマナセ」

    結論

    これらの死と死後の事柄に関する聖書の記述からはっきり分かることは、聖書にとって「身体とは別に、人間には魂のようなものがあって、身体が滅んだ後にも、どこか別の世界で生き延びていく」といった類の考え方が、聖書の登場人物や聖書を書いた人々にとっては、まったく無縁であるということです。死後についての彼らの関心は、せいぜい、かれらのなきがらがどのように葬られるか、残される子孫がどのようになっていくか、ということだけです。つまり、聖書における「人間の死後」とは、人は死んだら墓に葬られて「先祖の列にくわえられる」という単純で厳粛な事実だけのようです。

    これは、「塵にすぎないお前は塵に帰る」(創世記 3:19b)とか、人間は、神々と違って、永遠に生きることはできない(創世記 3:22-24)、という旧約聖書の人間観からみてもきわめて当然のことだと言えるでしょう。

    したがって、わたしも、聖書の伝統に従って、人間の「死後の世界」なるものについては、無視と沈黙をまもることにしておきましょう。


    佐倉 哲

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