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from: ueyonabaruさん
2012年06月15日 21時21分00秒
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エル・カンタ-レ信仰について
エル・カンタ-レを造物主として考える人たちがおります。もしかすると、これが現在の幸福の科学の主流の考え方なのかもしれません。
これに対しては、私は反対です。エル・カンタ-レが宇宙を創ったという考えを受け入れることはできません。
仏陀再誕の本でもそのようなことは書いていないと主張したところ、仏陀の意識ではそうであろうが、エル・カンタ-レの意識ではそれは違うのだというのですね。エル・カンタ-レは創造神だというのですね。
今日の研修では、講師が盛んにエル・カンタ-レに創られたのが我々人間なのだと言っておりましたね。どうしてそのような考えに同調できるのか私には分かりません。
造物主、創造主というのは、第一原因者として我々が分かりえないものではないでしょうか。その分かりえないものを説明してくれるのが預言者でしょうし、覚者ではないでしょうか? 真実は、エル・カンタ-レは預言者ではありませんか? 創造主であれば、エル・カンタ-レとわざわざ特別な呼び方をしなくてもいいのではないでしょうか? 創造主と呼べばいいのですから。
今日は相当に落ち込んでおります。このまま支部の仲間達と行動を共にしていくことができるのかと思われるほどです。今日は祈ります、主エル・カンタ-レよあなたは創造主なのですかと。
コメント: 全13件
from: ともともさん
2012年06月19日 13時33分37秒
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「Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ueyonabaruさんへ。
私のエルカンターレへの信仰心はなんら揺るぎはありません。
しかし、根本仏への考えは軌道修正したいです。(ueyonabaruさんやこのブログの方々に感謝したいです。)
一般の方々へのエルカンターレの説明は「地球系霊団の最高指導者」の方が良いと思います。 多くの人は根本仏という用語には違和感を覚えると思います。確かに伝道の妨げになる可能性があります。
ここに気付かずにいたなんて私自信悲しくなります。
根本仏云々についてはあくまで教団内部での秘儀に留めておくべきでしょう。
外部からの「根本仏であるという話もあるようですが」の問いには、「エルカンターレ意識は確かに宇宙や生命の創造に携わっていると思いますが、その意識が奈辺にあるかは、私たちにも理解が及びません」とお答えするのが正直な意見のような気がします。
我々のような愛の下流に住む人間が、高次の愛の分類、位置づけができるはずもありません。
但し信仰心のみが、全てのものを存在たらしめている大いなる慈悲の心と、エルカンターレの光が同源であると感じさせてくれるはずです。
from: ueyonabaruさん
2012年06月19日 12時06分27秒
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「Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ともともさんへ追伸です。
> > 私もそう思います。エルカンターレ意識は我々の想像を絶する高さにあり、宇宙や生命の創造に携わった意識であることに疑問の余地はありません。
エル・カンタ-レ意識はたしかに我々の想像を超えるものです。先生のことを我々が全て理解できると思ってはいけません。このような大天才を我々が理解できるというのは、錯覚でしょう。
なぜそのようなことを言うかというと、私自身が、菩薩の境涯にあるといわれる宮沢賢治やマルクス・アウレリウスなどの著述を読むときその偉大さに驚くのですね。とてもじゃないが敵わないと思うんです。プラトンの対話編での哲学問答など難しくて分かりませんよね。私たちには分からないことがホント多いのですよ。
先生の、高級霊たちへの十分な尊敬を持ちなさいというお言葉の重さを感じるのです。彼らを尊敬すべきです。
エル・カンタ-レ信仰も強烈になると、これら高級霊たちよりエル・カンタ-レが上なのだから、今はエル・カンタ-レだけを学べばよいと言う方が実際にいるのです。哲学も宗教のしもべだから学ばなくてもいいと言うのです。そして精舎の神秘的な研修を多く受けてこれが修行だといわんばりです。
これでは大衆布教などできないと思うんです。私は難しい神秘的教義を極めるよりも、多くの人々を救いとる方法をこそ会得したいと念願するものです。そして、教養として、仏教理論、哲学的なものの見方なども必要だと考えます。
from: ueyonabaruさん
2012年06月19日 11時40分11秒
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「Re:Re:Re:Re:Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ともともさんへ。
> 私もそう思います。エルカンターレ意識は我々の想像を絶する高さにあり、宇宙や生命の創造に携わった意識であることに疑問の余地はありません。
宇宙や生命の創造に携わったという風に書かれておりますのでそれをそのまま受けるしかありませんね。これは私たちに分かることではありませんので、信じるしかありません。
私が先生を尊敬するのは、この方の計り知れない知性なのです。これは、生身の人間である私にも感得できるものですね。そして霊性です。神秘力、悟りの高さなどです。この辺りから大川隆法の卓越性を説明していくのが私の方法です。この方の仏教論は一番に勉強になります。幸福の科学での仏教の説く法を超えた部分のことは正直苦手ではありますね。宇宙人論、エル・カンタ-レ論は苦手です。
女性熱烈信者さんのように地球の至高神だ偉いのだと触れ回るようなことは私にはできません。しかし、教団が伸びるときにはそのような狂信のような現象も必要なのかと考えたりはします。色々の方々がいらっしゃるので、内面的な衝突もありますが、ここでの宗教活動を通して、残された人生、できるだけ多くの社会貢献をやってゆきたいと思います。
> ueyonabaruさんの真意がはっきり理解できました。
> 多くの気付きをいつもありがとうございます。
ともともさんの純粋な信仰を傷つけないかと懼れております。お気づきの点、ご指摘くださいね。意見の一致はなくてもいいのですから。
from: ともともさん
2012年06月19日 10時50分24秒
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「Re:Re:Re:Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ueyonabaruさんへ。
<エル・カンタ-レが根源の神の力、徳、叡智、愛、すべての御徳を引いてくる方だというのが私のイメ-ジです。根源の神と一体の方だと表現しても構わないと思います。
私もそう思います。エルカンターレ意識は我々の想像を絶する高さにあり、宇宙や生命の創造に携わった意識であることに疑問の余地はありません。
ただしそのご発言を取り上げ、「根本仏」という名称を付けること自体が、我々の粗末な3次元的頭で高次の愛を分類しようとする無謀な行為なのでしょう。
この無謀な行為が多くの人の誤解を招いているのでしょう。
ueyonabaruさんの真意がはっきり理解できました。
多くの気付きをいつもありがとうございます。
from: ueyonabaruさん
2012年06月18日 19時09分56秒
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「Re:Re:Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ともともさんへ
>
> 「全てのものよ、発展あれ!」という愛の根源が神とするなら、エルカンターレはその意識と深くつながっているのでしょう。あるいはその意識そのものかもしれません。
美しいエル・カンタ-レ観です。賛成です。
エル・カンタ-レが根源の神の力、徳、叡智、愛、すべての御徳を引いてくる方だというのが私のイメ-ジです。根源の神と一体の方だと表現しても構わないと思います。
> わたしのボンクラ頭ではそこまでしか理解できません。
> 高次の愛の世界に、「造った造られた」という概念はもはや存在しないのではないでしょうか。
そうだと思います。「造った造られた」などの言い方も好きではありませんね。同感です。
教団の方で、このような言葉遣いをしているようですよ。
from: ともともさん
2012年06月18日 18時56分45秒
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「Re:Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ueyonabaruさんへ。
「全てのものよ、発展あれ!」という愛の根源が神とするなら、エルカンターレはその意識と深くつながっているのでしょう。あるいはその意識そのものかもしれません。
わたしのボンクラ頭ではそこまでしか理解できません。
高次の愛の世界に、「造った造られた」という概念はもはや存在しないのではないでしょうか。
from: ueyonabaruさん
2012年06月18日 16時47分21秒
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「Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ともともさんへ。
真摯なるご返事まことにありがたく存じます。
> 根本仏というのは信じられない、その証拠を示してほしい、自分を納得させてほしい、というのは結局は「奪う愛」ではないか。
私の内心をチェックしてみますが、そうではありません。「決して奪う愛」とは言えないと思います。論理的な考えでは、根本仏とは造物主であり、絶対であり、原因なくして存在するものと言えるはずです。ですから、根本物が絶対という概念から遊離して相対の現実世界にあるということは論理的に矛盾することなのです。
私は何の証拠も求めておりません。
信仰心の観点からエル・カンタ-レを観るとき、彼を絶対神と同様な存在と観ることは可能です。それはともともさんのような信仰深い人には現実にあることです。
エル・カンタ-レは被造物のはずです。被造物というと不遜な信者だとお思いでしょうが、〇〇〇億年前に造物主から分かれたという表現がありますよね、それからすると被造物とも言えるのではないでしょうか? しかしながら、エル・カンタ-レと呼称される被造物なので、おのずから我々とは差別があるはずです。差別があり他方平等でもあると考えるべきだと思うんですね。
私は仏教でいう、平等智、差別智で人間をとらえられないかという考えでおります。それからすると、先生は仏でありながら、我々と等しきものなのです。
それとも、先生は創造主であり我々は被造物であるというキリスト教の伝統的教理に似た考え方をなさいますか?
先生を信じ愛することにより、ますます先生のご威光が輝くというお考えは私と同じです。
どうぞ、ここまででご見解をお聞かせください。
> エルカンターレからはこれまで全ての物を与えていただきました。さらに自分は奪おうとするのか。今回の根本仏発言は、その恩返しをする最大のチャンスではないのか。
>
> 今回の発言は、「わたしの本来の力はこんなものではありません。」という問いかけであるのだろう。
> 我々の信仰心が主の力を強めるはずです。
> そうであるなら「エルカンターレは私の全てです」という100%の信仰心で恩返しをしようではないか。
>
> 人類皆が100%の信仰心持ったなら、主がどれだけの力を発揮されるのか想像を絶します。 根本仏と納得せざるを得ない出来事が次々にが起きるかもしれません。
from: ともともさん
2012年06月18日 13時05分11秒
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「Re:Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ueyonabaruさんへ。
根本仏のご発言について、私も当初動揺してしまいましたが、結果的に信仰心を更に深めることになりました。以下に自分なりの思考過程を示します。
根本仏というのは信じられない、その証拠を示してほしい、自分を納得させてほしい、というのは結局は「奪う愛」ではないか。
エルカンターレからはこれまで全ての物を与えていただきました。さらに自分は奪おうとするのか。今回の根本仏発言は、その恩返しをする最大のチャンスではないのか。
今回の発言は、「わたしの本来の力はこんなものではありません。」という問いかけであるのだろう。
我々の信仰心が主の力を強めるはずです。
そうであるなら「エルカンターレは私の全てです」という100%の信仰心で恩返しをしようではないか。
人類皆が100%の信仰心持ったなら、主がどれだけの力を発揮されるのか想像を絶します。 根本仏と納得せざるを得ない出来事が次々にが起きるかもしれません。
from: ueyonabaruさん
2012年06月16日 09時03分44秒
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「Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
enzoさんへ
> それ、minamikazeさんが退会した理由の一つですよね?
そうでしょうね。一つだと思います。
> 自分で確認しようのない問題を突き詰めて考えることはないんじゃないかな。
> 僕はもっといい加減です。「なるほど」と話半分に聞き、さりとて否定もしない。なにしろ確認しようがないんだから。
enzoさんのその態度は、私も賛成ではあります。私たちに分かりようがありませんので。しかし研修などで繰り返し創造主であることを強調され説教されるのは好みません。熱心な信者の方はさらに詳細にエル・カンタ-レの素晴らしさを求めて精舎の研修を受けに行くようですね。
熱心にエル・カンタ-レを探求するのはいいのですが、常識的な範囲を超えることがありますね。そこを指摘すると、こちらの方の信仰心のなさをなじられます。哲学的なことを言うと、哲学より宗教が上だといいます。仏教のことを言うと、仏陀よりエル・カンタ-レだと言います。イエスは偉いと言うと、イエスの限界を指摘してきます。そして、イエス在世時に大衆は救世主であることを認めなかったことを例にあげ、エル・カンタ-レを救世主であると今信じなければいけないと言うのですね。
逆に考えればいいのですよ。イエスも仏陀も素晴らしいという言い方だってできるはずです。エル・カンタ-レだけを信じていけばいいんだというのではあまりに狭信です。
エル・カンタ-レを大好きだとenzoさんは前におっしゃいましたね。私は、enzoさんほどではありません。しかし、この方の偉大さはホント実感しております。もん吉さんが魂の親と感じるものにも色々とあるということを言われておりますが、私にはもしかすると、イエス様がそうなのかもしれません。
from: もん吉。さん
2012年06月15日 21時50分04秒
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「Re:エル・カンタ-レ信仰について」
何回も繰り返した議論だけど。
もちろん、エルカンターレは創造主じゃないよ。
でも、エルカンターレが創造主であると信じる人にとっては創造主だから。
それが彼らの今世、来来世の魂修行なんだよね。
ゴールデンルールに中心帰一すれば、とらわれる必要もないことなんだけどね。
彼ら幼い魂にとっては必要なんだってことを受け入れてもいいんじゃないかなあ。
from: ともともさん
2012年06月19日 14時36分17秒
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「Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:エル・カンタ-レ信仰について」
ueyonabaruさんへ。
> これでは大衆布教などできないと思うんです。私は難しい神秘的教義を極めるよりも、多くの人々を救いとる方法をこそ会得したいと念願するものです。そして、教養として、仏教理論、哲学的なものの見方なども必要だと考えます。
総裁先生は色々な本を読むように勧めているのに、総裁先生の本ばかり読んで満足している自分がいました。
大衆布教のための対機説法として色々な本に目を通す事が必要なのですね。丁度、海外伝道のために英語が必要なように。
たびたびのご返事ありがとうございます。大変勉強になります。
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