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from: フレッシャーさん
2019年07月16日 01時24分47秒
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根本仏と主エル・カンターレの関係性について
はじめまして。私は、三帰して間もない幸福の科学の一信者(20)です。
幸福の科学の教え、信仰を深めていく中で腑に落ちないところがあります。根源的な問題とも言えると思います。それは、大川隆法総裁の御存在をどう理解すべきかということです。幸福の科学にとっての正当な神理解はあるのでしょうか。
まず知りたいのは、根本仏とエル・カンターレと大川隆法は三位一体の御存在と理解すべきなのかということです。最近、支部で70代の元気なおばあさんに伺ったところ、主エル・カンターレ(大川隆法総裁)は現在では地球神にとどまらず宇宙神でもあり、創造主であると仰られていました。エル・カンターレ=根本仏であるとはっきり定義されておりました。また、職員さんに同じ事を聞いたところ、現状ではまだ明かされていない部分が多く、はっきりとは分からないと仰っていました。ただ、私はいずれにも「そうなんだ、納得。」とはなりませんでした。
根本仏はその名の通り宇宙の第一原因であり、エル・カンターレはその念いによって生み出された大霊であって、存在としては別ではないのですか。私はこの関係性を、法前仏後として捉えるのが適当だと思っています。「根本仏は意志をもつ大宇宙の(法)そのものであり、エル・カンターレは地球では至高の存在(仏)であるが、根本仏からすると後発の存在に過ぎない」と現状は理解しています。エル・カンターレ信仰を否定しているわけではありません。エル・カンターレは地球の至高神であるので信仰の対象となるのは当然です。ただ、さらに上位の存在(根本仏)への信仰は忘れられているように感じるのです。
第一原因である根本仏は絶対的存在であるはずです。その大宇宙を司る法の意志が肉体に宿り、我々と同じ3次元のフィールドで生活しているとはとても理解できません。エル・カンターレが人格神であって、その意識が大川隆法総裁という人間に宿っているのなら理解できます。ただし、3次元で存在できる分だけであるのでエル・カンターレ本来の意識の中でもかなり限られた一部しか大川隆法総裁(人間)の姿では発揮されていないのではないかと考えています。
そう考えると結局私は、どの存在に対して信仰と崇敬の念を抱くべきなのだろうとここ数週間ほど度々悩んでいます。やはり信仰するからには、その対象を明確にしておきたいという思いがあります。
選挙期間中の大変忙しい時期に申し訳ないのですが、どなたかなるべく早めに回答していただけると幸いです。よろしくお願い致します。
コメント: 全8件
from: ueyonabaruさん
2019年07月23日 00時21分39秒
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> 「幸福の科学神学」ですね。私の方が圧倒的に知識不足でありますが、どうかお付き合いいただければ幸いです。
長いお付き合いを願います。どうぞ、よろしく。
> エル・カンターレ=根本仏であるのかをこの場で確定させることをを急ぐのは、あまり建設的ではないと思えてきました。ueyonabaru様のおっしゃる通り、現状では一旦区別して考えるのが賢明ですね。
エル・カンタ-レを理解することは難しいので、理解を急ぐ必要はないと思います。私は「 一旦区別して考える」と申しましたが、これはあくまでも一旦はそのようにしてみるということなんです。人格神と絶対神という概念も難しいのですね。
> ただ、エル・カンタ-レは人格神であるということに関しては、そうであってほしいと思っています。大川隆法総裁を拝見する限り、主エル・カンターレは抽象的な存在ではないと私は感じます。
エル・カンタ-レは人格神と考えてみましょう。個性はあるしこの世に実に生きていらっしゃるのですからね。もしかすると、人格神であると同時に絶対神でもあるとも言えるのかな。
> それとも、実在界に君臨されている本来の主エル・カンタ-レは抽象的なご存在であって、この3次元世界に下生する時期にのみ個性を持ったご存在にならざるを得ないのでしょうか。本来抽象的なご存在である地球神と大川隆法という個性のある存在が神人合一を起こしているのか。
いろいろと試行錯誤されるといいですよ。正解の部分はあるように思います。
> 主エル・カンターレが果てしなく神秘的なご存在であることは、いちおう理解しています。まず私の中では、大川隆法総裁のご存在自体がオカルトです。謎の人物です。シャレがお好きで陽気な性格が垣間見えるのが、人間・大川隆法の面であり、御説法の終盤など肝要な局面では地球神の人格が強く出てこられるのでしょうか。
ここは同感できますね。
> 地球神の人格的部分を発揮できるのは、下生しているこの世が3次元世界であるが故、短時間のみなのでしょうか。エル・カンターレの意識を常に発揮されていたら、心身への負担が間違いなく大きいように思えます。
ここは私は分かりません。
> ただ、一つ確かに言えることは、大川隆法総裁は人間であるけれども私たちと同じ存在だと捉えてしまうと本質を大きく見誤るということだと思います。
私たちと同じ人間ではありますが、一般人よりもかなり優れた方であるとは言えるでしょう。ソクラテスがアテネの智者とすれば、大川先生は人類の智者であるとも言えましょう。
from: フレッシャーさん
2019年07月21日 02時47分09秒
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「幸福の科学神学」ですね。私の方が圧倒的に知識不足でありますが、どうかお付き合いいただければ幸いです。
エル・カンターレ=根本仏であるのかをこの場で確定させることをを急ぐのは、あまり建設的ではないと思えてきました。ueyonabaru様のおっしゃる通り、現状では一旦区別して考えるのが賢明ですね。
ただ、エル・カンタ-レは人格神であるということに関しては、そうであってほしいと思っています。大川隆法総裁を拝見する限り、主エル・カンターレは抽象的な存在ではないと私は感じます。それとも、実在界に君臨されている本来の主エル・カンタ-レは抽象的なご存在であって、この3次元世界に下生する時期にのみ個性を持ったご存在にならざるを得ないのでしょうか。本来抽象的なご存在である地球神と大川隆法という個性のある存在が神人合一を起こしているのか。
主エル・カンターレが果てしなく神秘的なご存在であることは、いちおう理解しています。まず私の中では、大川隆法総裁のご存在自体がオカルトです。謎の人物です。シャレがお好きで陽気な性格が垣間見えるのが、人間・大川隆法の面であり、御説法の終盤など肝要な局面では地球神の人格が強く出てこられるのでしょうか。
地球神の人格的部分を発揮できるのは、下生しているこの世が3次元世界であるが故、短時間のみなのでしょうか。エル・カンターレの意識を常に発揮されていたら、心身への負担が間違いなく大きいように思えます。
この説明だけでは、この世的な視点で見ると、大川隆法総裁は単なる多重人格者ですね。拙い文章で申し訳ありません。ただ、一つ確かに言えることは、大川隆法総裁は人間であるけれども私たちと同じ存在だと捉えてしまうと本質を大きく見誤るということだと思います。
from: ueyonabaruさん
2019年07月21日 00時08分52秒
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> なぜ根本仏とエル・カンターレで呼称を変えているのでしょうか。
根本仏という言葉は、一般的には、造物主、創造主、第一原因者等を指すときに使われるのでしょうね。思想界の言葉だと思っております。
エル・カンタ-レとは何なんでしょうか? 先生はご自身を、アルファの神、エルの神、イエスが天なる父と呼びかけた方、アラ-の神、旧約のエロ-ヒムの神だとおっしゃっております。また、永遠の仏陀ともおっしゃっており、エル・カンタ-レともおっしゃいます。これらの神々は人間の言葉に応答するという点で、人格神だと分類しておきます。人格神とは、これは私の理解ですが、地上に降りることのできる神のことです。人格、個性があるのですね。
また、私の現在の理解では、思想界(哲学)の言葉でいう根本仏とエル・カンタ-レは一旦区別して考えております。根本仏というとこの世の存在の第一原因者であるという意味合いが強くなりますね。また、この世を創った張本人だから、この世が悲惨なのはすべて第一原因者が悪いという短絡的な反信仰論の攻撃の対象にもなります。 (続きます)
* このような対話ができることを喜んであります。フレッシャーさんは的確な物事の捉えができるお方でしょうね。
from: フレッシャーさん
2019年07月20日 16時32分36秒
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具体的なご返信、ありがとうございます。
なぜ根本仏とエル・カンターレで呼称を変えているのでしょうか。もっとも最近では、根本仏という呼称が昔より使われなくなっている気がしますが。
ちなみに書籍等で度々登場する「仏」という存在はつまり、エル・カンターレのことをさしているのですね。我々は主エル・カンターレとつながっていて、それ故に、仏(エル・カンターレ)と常に向き合わなければならないわけですね。
from: ueyonabaruさん
2019年07月18日 12時40分22秒
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> 失礼ですが、思っていたよりご高齢の方のようで少々驚きました。これからよろしくお願い致します。
真理の前には、年齢は関係しないこともあります。あなたの悟りはいかほどかが試されております。
> 大川隆法総裁(人間)が信仰の対象になったプロセスをいまいち把握していません。預言者という立場だけであれば、姿が見えると人々から合掌して尊ばれるのほどの存在にはならないと思います。イスラームの預言者マホメットは、自身が崇拝対象にならないように神の言葉を預かって戒めています。
私も初期のころからの信者ではありませんので詳しくはありませんが、先生は初期の頃から「大川隆法であって、大川隆法ではない」「われは仏陀である」とか神秘的なことばを発しておられましたね。マホメットは自分の位置、立場を良く理解していたのでしょう。アラ-の神を信じること、偶像は礼拝してはいけない、アラ-の神の教えだけが大切である と言いたかったのでしょう。
> 根本的かつ非常に基本的な問いですが、大川隆法総裁は人間としてどのようなご存在なのですか。人の姿をしておられるのに、主と呼ばれて崇められる所以を説明してくださると幸いです。
大川先生は仏陀なのです。イエ、エルカンタ-レなのですよ。人の姿をしていることからすれば人間であることは間違いありません。人間的弱点もあるのです。と同時にエル・カンタ-レであるという二面があるということではないでしょうか。
> また、現在の幸福の科学では、エル・カンターレ=根本仏(宇宙の創造主)という認識で信仰が確立されていると考えてもよろしいのでしょうか。幸福の科学は自由を重んじているので、それ故に、人によって見解が異なるという状態なのかもしれませんが。
宇宙の創造主と言われると、引いてしまいますよね。こんなことを言うと世間には誤解を招いてしまいますね。でも、信仰する人々にとっては内面の信仰の問題ですから、どうとでも言ってしまいます。これもしかたがないのだろうと思います。
エル・カンタ-レを根本仏と言ってもよいのだろうと私は思っております。その理由は、大川隆法ほどの人物は歴史上存在したことはなかったのだろうという私の推論があるからです。優れた者であることは間違いありません。それは霊的にも優れた者なんでしょう、きっと。
エル・カンタ-レという概念を理解することが難しいことであることは事実です。姿かたちなきものであれば、人間は信じることができるし、姿かたちあるものはどうしても信仰の対象にはなりにくいでしょう。
from: フレッシャーさん
2019年07月18日 02時51分45秒
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ueyonabaru様、ご回答ありがとうございます。
失礼ですが、思っていたよりご高齢の方のようで少々驚きました。これからよろしくお願い致します。
大川先生が自らを預言者であると仰られているのは、幸福の科学発足初期に顕著であるように感じます。(当時の御法話や書籍を見て)
既に申し上げましたように私は新参ですので、大川隆法総裁(人間)が信仰の対象になったプロセスをいまいち把握していません。預言者という立場だけであれば、姿が見えると人々から合掌して尊ばれるのほどの存在にはならないと思います。イスラームの預言者マホメットは、自身が崇拝対象にならないように神の言葉を預かって戒めています。
根本的かつ非常に基本的な問いですが、大川隆法総裁は人間としてどのようなご存在なのですか。人の姿をしておられるのに、主と呼ばれて崇められる所以を説明してくださると幸いです。
また、現在の幸福の科学では、エル・カンターレ=根本仏(宇宙の創造主)という認識で信仰が確立されていると考えてもよろしいのでしょうか。幸福の科学は自由を重んじているので、それ故に、人によって見解が異なるという状態なのかもしれませんが。
from: ueyonabaruさん
2019年07月17日 00時18分18秒
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> そう考えると結局私は、どの存在に対して信仰と崇敬の念を抱くべきなのだろうとここ数週間ほど度々悩んでいます。やはり信仰するからには、その対象を明確にしておきたいという思いがあります。
アメリカの思想家、ラルフ ウォルド- エマソンは、われわれには根源神(非人格)は理解することは出来ず人格神しか理解できないと日記に書いております。ですから、神のことばを預かる預言者のおっしゃることを我々は学ぶのだろうと思います。大川先生は、自らのことを預言者ともおっしゃったことがありますので、大川先生の教えは根本神の御言葉と同じと考えるのが道理ではないでしょうか?
私は現在74歳ですが、あなたと同じ疑問があるわけです。いろいろとお話ししましょう。
from: フレッシャーさん
2019年07月24日 01時19分52秒
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一連のご回答、ありがとうございました。
大川隆法総裁が至高の智者であることを理解するために、教学を深めていきます。そしてまた疑問が出てくることがあると思うので、その際はまたよろしくお願い致します。
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