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from: 坪井さん

2011年06月01日 19時47分59秒

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地域新聞に載りました

Reの連続も楽しかったですが今日は別のお話地域新聞の船橋東版と津田沼版に載りました地方史を研究する仲間が増えるといいですね

<font size="3">Reの連続も楽しかったですが 今日は別のお話
地域新聞の船橋東版と津田沼版に載りました
地方史を研究する仲間が増えるといいですね

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from: 坪井さん

2011年06月05日 21時43分59秒

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「Re:Re:地域新聞に載りました」
 コメントありがとうございます。取材を受け掲載されたのですが、まとめかたは大いに勉強になりました。
 紀州湯浅村の話はずいぶん調べました。
 実は、私の推論は、「醤油醸造家は紀州湯浅村から銚子にきた。→醤油原料として小麦を関東で調達するようになった。→関東の農家は小麦を生産し現金収入になった。→大手醸造家の信仰であるあんばさま(大杉信仰)を取引先である農家も信仰した。」とまとめたかったのです。
 しかし、八千代市には今でも1軒醤油醸造家があるとも聞きました。
 坪井は、坪井川、桑納川、利根川といちおう銚子との流通ルートのある地区ですが、小麦は地元の中小醤油醸造家に販売されたかもしれないので、推論の域をでませんでした。
 ただ、醤油産業の発達は関東の農家にとって米以外の現金収入をもたらし、畑作農家も豊かであったと思うのです。
 こんどあんばさまのある農家を訪ねた時、小麦との関係を聞いてみます。
 あと、坪井の岩佐家の先祖は片貝から来たと聞いて、ルーツ調べをしていたとき、電話した片貝の寺の住職さんが湯浅さんの先祖は紀州の漁師であること、家紋は坪井の岩佐さんとおなじ「違い鷹の羽」であることを聞いたときは、しばし感動にひたりました。
 ふと疑問に思ったことを調べ始め、分かったときはなんでもうれしいものです。おすすめです。今度、ぜひ、なにか見つけましたら、このブログにも載せてください。長い返事になってしまいましたが今後ともよろしくお願いします。
 

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