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シムダンス「四次元能」

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ここは自己生成の門ーーー宇宙の原理「動的作用反作用」を使って精神革命の臨床実験中!

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  • from: 生成門さん

    2010年10月19日 17時36分30秒

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    チュモンはベクトル・モード2:光の矢

    チュモンはベクトル・モード2:光の矢
    <PSとの共振>

    古朝鮮の図はhttp://jumong.jp/introduction.htmlから引用しました。

    何故、チュモンがベクトル・モードなのでしょうか。

    それはこういうことです。

    「怨みを晴らす」ことを昇華させ「建国する」エネルギーに大転換することに成功するチュモンですが、その内容はドラマを見ていただくとして、ここは「怨みを晴らす」から{建国する}の大変身した進化のドラマを、ベクトル・モードを使って説明してみましょう。

    ベクトル・モードとはベクトルとモードなのです。先ず、イメージしやすいところで、ベクトル・モードを車の運転に喩えてみます。

    ベクトルとは運転する人の心です。目的があって向う方向(心=意図)があります。モードは運転している状態です。

    波乱万丈の人生という人生があるとするなら、それはサハリをラリーするようなものでしょう。つまり、人生をラリーモードにたとえて見たわけです。

    もっとも、人生はうつろうはかないものというモードもあるようですが、チュモンのモードは、運命に翻弄された恋愛、友情、裏切、悲哀ありの波乱万丈ラリーモードであり、英雄への大変身モードでもあります。

    チュモンに限らず大なり小なり、人の人生はそれぞれにとってのベクトル・モードなのです。人の人生の生き様、それがベクトル・モードなのです。

    人のベクトル・モードにはそれぞれの人生模様があるようにベクトル・モードにはそれを現象化させる仕組みがあるということです。それを、これまでは空=MP(メディアポイント)といってきたのです。

    ベクトル・モードとは空であり、MP(メディアポイント)ですが、厳密には区別しなければならないでしょう。

    メタファーでいうなら、運転している状態はモードであり、運転モードを実現しているのは人であり、ハンドルとエンジンと車輪はエネルギーを伝達するメカニックなメディアでしょう。それが車という定義です。しかも、道路という場もあるでしょう。

    ここからベクトルとモードをイメージしていくのです。

    運転モードを実現しているのはすべてメディア=媒介するものです。つまり、車は、心(目的地に行きたい)を実現するメディアとも言えるでしょう。

    メディアポイント(MP)とはイデアを媒介して現象化させる精神作用と言いましたが、ハンドルとエンジンと車輪という物体がそれを為しているのです。

    ここには最低限、場と心と媒体とモードがあるということです。

    ただ、MPに於ける媒体は物体ではありません。物体は現象サイドにあるものです。

    ですが、今は、ベクトル・モードの説明をしているので、これらを物体と思わないでください。メタファーとして使っているのです。誤解しないでください。あくまでも精神作用としてのMPのメタファーなのです。

    ベクトル・モードを理解するには、心の準備が必要なのです。では、メタファーを使っての説明を続けます。

    車輪は回転することで、エンジンからのピストン運動をエネルギー変換しているのですが、これを心のメタファーと理解してください。

    これが心の仕組みとすると、車輪とそれに突き刺さる軸ないし、エネルギー変換装置などがあることになります。それを端折って車輪と軸に代表させます。

    そうすると、軸⇒車輪:心⇒現象:ベクトル⇒モードという対応があることになるでしょう。

    軸には心の元(イデア由来の非在の-1)からハンドル、エンジンを媒介して、エネルギーを伝達して、車輪を回すという仕組みになっているのですが、これ全体が精神作用なので、抽象して、車輪(モード)とそれに突き刺さる軸(ベクトル)、即ち、車全体をベクトル・モードとイメージしてください。

    何せ、見えない世界を見える世界のメタファーで説明するので、混乱してしまうのですが、海舌氏は抽象の数学の世界の人なので、このような回りくどい説明はしないので、私が勝手に説明しているので、間違った解釈をしているかも知れません。

    間違いを恐れずにいきますと、ベクトル・モードは「〇と⇒」で示されます。
    つまり、ベクトル・モードとは異なるイデアの虚次元と実次元の物理現象を繋ぐ概念装置なのです。ですから、MPなのです。しかし、MPとは少し違うのです。その違いはおいおい説明します。

    これで、やっと、チュモンの「怨みを晴らす」ことも「建国する」もベクトル・モードであることをイメージできるようになるでしょう。

    人を恨むという心と行為には、恨む「対象」とそれに向って突き進むという「志向性」があります。

    ベクトルとは「指し示し」なのです。当然、指し示す対象がなければなりません。また、それに向っていくだけのエネルギーがなければなりません。そのエネルギーが恨みを晴らす行為の源泉ということになります。

    しかし、一人では恨みを晴らすことができません。多くの人を巻き込んで、その人達のエネルギーを結集しなければなりません。

    個人のエネルギーを組織エネルギーに変換しなければならないです。それにはベクトルを合わせなければなりません。それには大儀が必要でしょう。

    それをチュモンは漢に支配されている古朝鮮を探訪して掴むのです。こうして、生きる原点を見つけたチュモンは、「恨みを晴らす」というベクトル・モードを「建国する」というベクトル・モード、つまり、大儀=ミッションに大転換するのです。

    つまり、ベクトル・チェンジをするのです。

    そして、多くに人を巻き込んでいくというベクトル・モード=渦をつくり、建国ドラマというベクトル・モードを展開するのです。

    ベクトル・チェンジはモードチェンジであり、即、それがベクトル・モード・チェンジなのです。

    ところで、朱蒙の名前の由来は、父親であるタムル軍のリーダであり、弓の名人でもあったヘモス(解慕漱)からユファ(母)は名付けたとなっていますが、扶余のクムワ・ワン(金蛙王)に屋敷の中に閉じ込められたユファが身を引いて逃げても追ってくる日の光で身ごもり産んだ大きな卵から生まれた男の子がチュモンだとも言われています。

    古代朝鮮では、卵は神聖なものとされており、チュモンを神格化するためのものであると考えられるようです。

    そして、チュモンは名前の由来通り弓の達人であったために7人の王子に睨まれます。

    この「矢を射る」という行為も又、ベクトル・モードのメタファーなのです。ですから、朱蒙はベクトル・モードのシンボルであり、弓矢のベクトル・モードの達人ということになります。

    弓矢のメタファーを使って、ベクトル・モードの仕組みを説明してみます。

    ベクトル・モードは発生し、消滅します。ベクトル・モードが発生し、消滅するためには、ベクトルとエネルギーの発信源と受信する側、現象が現れる仮想円盤(モード)、ベクトルの場の5つの用件が必要なのです。

    この構成要件をチュモンで表現すると弓・矢・人・的・場となります。

    「矢」そのものがベクトルです。弓と矢を持って構えるとベクトル・モードが発生します。

    ベクトル・モードの発生源がチュモンです。

    弓はエネルギーを蓄え、心を伝える媒体(メディアポイント)です。その構えた姿が初期仮想円盤(モード)です。

    チュモンが矢を放つ瞬間、それが初期ベクトル・モードの発生です。

    矢が放たれると的に向って、矢とエネルギーと心が一体となって突き進みます。この状態が中間ベクトル・モードであり、走る矢の回りにある渦が中間仮想円盤です。

    渦は見えませんが仮想としてあるのです。矢がベクトルで、その回りをエネルギーと心が渦をなしているのです。

    そして、矢が的に到達します。矢が的に突き刺さった瞬間が終局ベクトル・モードであり、この的が終局仮想円盤であり、同時にベクトル・モードの消滅です。

    以上纏めると、

    初期ベクトル・モード:矢を張った状態
    中間ベクトル・モード:矢が走っている
    終局ベクトル・モード:矢が的に刺さった状態

    初期ベクトル:張った状態の矢
    中間ベクトル:走っている矢
    終局ベクトル:的に突き刺さった矢

    初期仮想円盤(モード):弓を構えた状態
    中間仮想円盤(モード):矢が走っている仮想としての渦
    終局仮想円盤(モード):的

    エネルギー発信原:チュモン
    エネルギー受信側:的

    メディアポイント:弓と矢と手が交差する点

    場:チュモンと的の間の時空間

    ベクトル・モードの発生→中間→終局

    となります。

    この説明ですと、ベクトル・モードの発生と終局は具体的でイメージしやすいのですが、中間が分かり難いと思います。

    何故、モードを仮想円盤と表現するのかと言いますと、まさに、「ない」けど「ある」かのように思ってくださいということなのです。

    初期仮想円盤(モード):弓を構えた状態にしても、別に「丸い」わけではありません。弓と人があるだけです。これを仮想円盤と看做すということなのです。

    よく、後光が指すというような言い方をしますが、まさにそれが仮想円盤です。

    中間になると矢が飛んでいるだけで、丸いものに相当するものは何もないのですが、それでも仮想円盤があると思ってください。

    矢が走っている状態は想像できるが、円盤に相当するものがないのだから「ない」のに「ある」と考えろと言われても、無理だという声が聞こえそうです。

    うーむ。

    そうなら、もう一工夫しましょう。

    矢が弓から放された瞬間に、弓に代わって、エネルギーを伝える媒体が空間に変わるということでどうでしょうか。場そのものが仮想円盤になるということです。

    これは光の場合を考えるとイメージしやすいかもしれません。

    光は電磁場という場を伝わっていくのですが、私達にはその場は見えません。

    しかし、明らかに、光という矢は丸い電磁場を、円を描きながら進んでいるのです。それを示すのが下図です。「光の量子力学」
    http://www.kutl.kyushu-u.ac.jp/seminar/MicroWorld2/2Part3/2P34/QM_of_light.htmから引用しました。




    丸いイメージはここからは読み取れないので、下の図を「電磁波」http://homepage2.nifty.com/eman/electromag/wave.htmlから引用しました。


    渦を巻いて進むというイメージはオイラーの式が示す波が一番分かりやすいでしょう。下の図は、http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ed35400df27a2bc7e597531c08d99869から引用しました。




    この図から、チュモンが「光の矢」を放ったと想像すれば、なるほど仮想円盤とはそういうことかと納得してもらえるのではないでしょうか。

    結論として言えることは、ベクトル・モードは、発生と消滅を繰り返して伝わるということです。

    つまり、

    ベクトル・モードの発生→消滅→発生→消滅→発生→消滅→発生→ベクトル・モードの消滅

    というサイクルを繰り返しているといことになります。

    チュモンの矢の場合は、矢が放たれて的に突き刺さった瞬間で、ベクトル・モードのサイクルは終わりですが、実際の物理現象はこれで終わるわけではありません。便宜上、終わりにしたにすぎません。電子のレベルでは、更に運動が続いているのです。

    例えば、光の場合ですが、光源から放された光は寿命がないので永遠に飛びまわり続けていますし、網膜に入ってきた場合でも、電子の運動に代わって、神経を伝わり、更に、それが心のエネルギーに代わって、チュモンのように恨みを晴らすために外に向って矢を放すかも知れません。

    これがベクトル・モードのチェンジです。

    しかも、最初は「恨みを晴らす」ためだったのですが、次第に、それが「建国する」するというベクトル・モードに変わっていきます。

    これもベクトル・モードのチェンジです。

    ベクトル・モードは変身するのであり、現象としては終わりがないということです。

    しかし、ここで、もっと重要なことを言っておかなければなりません。ベクトル・モードはそこに虚次元を含んでいるということです。

    現象の背後には、虚があり、虚と実はリサイクルしており、実が虚に潜り込むというような言い方でも良いでしょう。

    ドラマでは戦争・陰謀・策略・恋愛などいろいろな事件が次から次へと起きてきますが、結局、それは現象→現象→現象という連鎖のみを理解するだけでは、真相を掴み損ねてしまいます。

    楽しんでいるだけならそれでも良いのですが、しかし、もっと、面白くなるためには、その背後にある心理を読むことです。登場する人がどのような動機で、どのような利害で動くのかということです。

    ドラマの面白さは、その心理描写にすべてがかかっているといってよいでしょう。かつては西部劇が流行りましたが、活劇ドラマは、ドンパチが中心で、あまり心理描写には重きを置いていなかったと思います。

    実は、この心理描写というのが行間を読むとことを求める工夫であり、見るものに参加を求めるものであり、面白さを生む四次元能のベクトル・モードなのです。

    つまり、ベクトル・モードに関心を持つということは、事件という現象(シナリオ)の背後にある虚次元(意図)に向うことなのです。

    これを簡単に示しますと、

    現象(事件)→現象(事件)の連続ドラマの行間を読むということは、虚(意図)を読むということであり、虚(意図)→現象→虚→現象→虚→現象という不連続な差異(ベクトル・モードのチェンジ)を楽しむということになるでしょう。

    現象→現象は連続ですが、虚→現象の間は絶対的な不連続なのです。

    ベクトル・モードは絶対的に不連続であり、従って、複素数の波=幽霊の波なのです。

    絶対的に不連続なベクトル・モードはガウス平面を回転しているのであり、虚と実が交互に、或いは同時に起きているのです。

    私達が目にする連続した現象というのは、不連続なベクトルなモードなのです。しかし、ベクトルは垂直方向の運動としてのモードの現象として現れますが、ベクトルそのものは見えないのです。

    それは心の向う方向であり、意図なのですから当然でしょう。しかし、方針として示されれば、それがモードとして現れたことで、確認できるということです。

    チュモンの初期ベクトル・モードの発生を「弓を引く」というような物理的な現象として説明しましたが、そこには心というベクトル、つまり、指し示すものが反映しているのです。

    その心=ベクトルとは、古朝鮮の民が漢の支配によって殺戮され、多くの人が流民となり、苦しん死んでいったその人達の恨みを晴らしたいという感情であり、内面の心なのです。弓を引くという姿は、心の反映であり、表明された方針、表明された決意、つまり、モードなのです。

    心がベクトルであり、弓を引く姿がモードだといったのは、それが虚と実の対応をしているからなのです。

    しかも、ドラマでは弓を引く姿や様々な姿が出てきますからモードは変幻自在なのです。

    同じように、心は場の状況によって変わるものです。チュモンのベクトルというその心も、恨みを晴らすという個人の感情から高句麗という国を建設するというミッションに変わったのです。

    ベクトルは「指し示す」という述語です。ただし、定義としては、抽象な対象があって「向き」があるというだけのものです。それがモードと結びつくには、その「指し示す」具体的な対象が現れなければなりません。

    そのとき初めて「古朝鮮人の恨みを晴らす」「高句麗を建国する」という具体的な対象を持った述語に変わるのです。

    いや、述語が現れて指し示すものが現れるのかもしれません。同時なのかもしれません。

    対象 ⇒ ⇒対象
    ⇒ 対象 ⇒対象

    述語が変わるということは、場が変わるということです。場が変わるということは、心や行動は場に限定されるのですからモードも変わります。

    従って、様々なモードの多様性はベクトルの多様性=述語に依存するということです。

    その場合、主語はどうなっているのでしょうか。

    場=述語と考えると、主語は初めからチュモンであり、初めからチュモンの場がありました。

    チュモンという主語が扶余という場所で生まれ、扶余を旅立ってタムル軍を再組織するチュモンという主語の場があり、漢との戦いの場がありました。

    そこでは、絶えず、ベクトルを生成しては、消滅させて、新しいベクトルを生み出していくチュモンという主語がいたのです。

    しかし、その主語は自我が主体となる主語ではありません。場に包まれる自我なのです。決して「俺が俺が」というような自我ではありません。

    仲間と一緒にいる自分、恋人を思う自分、母親を思う自分、父の意志を継ごうとする自分がいるのです。

    仲間と一緒にいる自分は、-1凹i由来の自我=+1凹iであり、もはや、弱かった擬装した自我+1凹iではありません。復活した自我+1凸iであり、西洋の近代的な自我とは異質な自我なのです。

    そうです。ベクトルとは述語であり、ベクトル場なのです。ベクトル・モードとはそれが現象化したことを意味するのであり、チュモンという主語が場に包まれて存在していることを意味しているのです。

    述語主体の主語=チュモンと言って良いでしょう。

    ところで、チュモンの擬装戦略はまんまと成功して高句麗という国を建設することに成功なります。チュモンは東明王となり、ベクトル・モードをチェンジして新しい自我=主語が出てくるのです。

    この新しいベクトル・モードのチェンジがどうなったのでしょうか。ここでのテーマではないのですが、PS理論を学んだシムハンターの皆さんなら予測可能でしょう。

    気になるところでもあるでしょうから、最後に補足しておきました。

    述語:場                    主語
    恨みを晴らす:古朝鮮、漢との戦いの場     「朱蒙=チュモン」

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