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from: 生成門さん
2012/02/26 15:29:39
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モナド的実感は最大頂点凸iのとき
モナド的実感は最大頂点凸iのとき
<四次元能版:新世紀エヴァンゲリオン:モナドの作法>
モナド的実感とは、他者の視点、つまり、闇の認識、見る者と見られる物という対立した視点で観察・観測することではなく、その対象と一体となることであり、述語的に認識することであり、光の認識MP⇒凸iを取り戻すことです。
原生人が「トラが現れた」瞬間に漲ったあの緊張感、言語を絶したあの状態に戻るということであって、それは現代人が失ってきたものです。そして、それを取り戻すことがモナド的実感にほかならないのです。
ただし、光の認識は第1、第2象限、つまり、GP1、GP2に跨った領域であり、GSP(a,b)0>a,a>0,b>0です。
モナド的実感を凸iだけに限定するのは、やや厳しいかもしれません。第1、第2象限全体をモナド的実感とするのはまたゆるすぎるかもしれません。述語的認識ということに絞ると、中間のGSP(0.7,0.7)と凸iの範囲とするのが良いかもしれません。
喩えると、ガガの写真はこの領域に入っていましたが、視線の釘付けの濃度がこの範囲に収まっているからです。現実と非現実の境がはっきりしない領域とも言えるでしょう。
ただ、モナド的実感とは何かということをはっきりさせるなら、間違いなく凸iであり、MP⇒凹iではないと言うことです。
MP⇒凹iは闇の認識の最大の頂点であり、他者の視点であり、普遍化の権化だからです。
ですから、モナド的実感を分かりやすく説明するためには、最大頂点凸iで説明するのが良いということだけですので、幅があることも忘れないでください。
モナド的実感とは、贈り物や神聖な場所での心の状態(視線がそこに向かうこと)だと言いましたが、言い換えると心が何かを指し示している状態と言えるでしょう。
心が囚われているとも言えるでしょうし、感情が高ぶって移入している状態とも言えるでしょう。ドラマを見ていて感動して主役になったような気分の状態です。
こうしたことを言うと、それは盆栽をやっている人が、盆栽を子供のように可愛がっているような気持ちと同じであって、モナド的実感とは、結局、擬人化ではないかという指摘が出て来ると思います。
モナド的実感とは擬人化なのでしょうか?
続く-
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