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シムダンス「四次元能」

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  • from: 生成門さん

    2012/02/26 15:52:34

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    擬人化とは一捻りすること

    擬人化とは一捻りすること
    <四次元能版:新世紀エヴァンゲリオン:モナドの作法>


    数学的に表現される式は、関数に代表されるように高度な普遍性を持っています。つまり、現実を反映した抽象モデルなのです。しかし、完全なモデルではありません。

    何故なら、無味乾燥であり、主観とか、感情とかは一切無視されているからです。

    ですから、数学は物理と親和性が良いのです。数学とは数の学ですから、数える事が専門なのです。物理量(体重や身長)は全て数えられる量なのですから、数学と仲がよいは当然です。

    場の量子論では、幽霊が出て来てしまって、数えることが出来ないので困ってしまったのですが、何とか量子化という手法で、凌いでいる様です。

    現実の状況を数式を使ってモデル化したら、次は、それを現実に適用しなければなりません。例えば、放射能汚染の広がりをモデル化した式があるとします。これを使えば、放射能汚染の広がりをシミュレーションすることが出来るでしょう。そのためには、具体的な条件を想定しなければなりません。

    この過程が、第3象限から第4象限へのシフトということになります。数学者から物理学者への変身と言っても良いでしょう。

    物理学者は第4象限に属するのです。

    何故そういえるのでしょうか?

    シミュレーションされた結果というのは、そもそも擬似的な現実なのです。擬似的な現実、つまり、反現実なのです。

    無限に普遍化された数式から、条件を与えて、シミュレーションするというのは、無限を有限化したということです。まだ、個別具体的な現実ではないのです。その証拠に、シミュレーションというのは、条件を与えれば、いくらでも試行ができますから、いくらでも現実もどきをつくれます。

    シミュレーションされた世界というのは、数学モデルよりは現実的ですが、偽装的、模擬的、擬似的仮説なのです。

    しかし、仮説は検証されなければなりません。実験されなければなりません。こうして理論的物理学者は、実験屋になるのです。

    物理の実験というのはまさに、現実と向きあうことですので、第1象限に入ることになるのです。

    ここで、原作者の一捻りをするという、ところへ話を戻します。

    一捻りとは、認識の有り様を変えるということです。普通の作家は、殆どと言ってよいほど第3象限には来ないのですが、仮に来たとしても、この領域は死のエリア(アンチATフィールド)ですから、芸術家にとっては、死の砂漠の侵入したようなものですのす。大概の芸術家は恐れ慄き、直ぐに第2象限に戻ってしまうでしょう。

    ここから先に行く芸術家は、相当な根性の持ち主か、狂人しかいないでしょう。

    ポロックの絵を第4象限に位置付けたのですが、彼が狂人という訳ではなりません。

    外部の他者の内部化
    <四次元能版:新世紀エヴァンゲリオン: GPS:Gaussian plane Positioning System)>http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100108294610

    時に間違ってか、意図してか分かりませんが、擬人化という手法を使う作家が、この危険な領域である第4象限に来てしまうことがあるということです。それが、数学モデルからシミュレーションして、実験すると、物理と数学と実験の象限跨ぎと同じモード(認識の有り様)がなるのですから、面白いと言えば、失礼でしょうか?

    シミュレーションされた結果というのは、そもそも擬似的な現実です。擬似的な現実、つまり、反現実だと言いましたが、擬人化もその類なのです。

    擬人化というのは、人を擬似的に真似るということですから、普遍化された無機的キャラクターに人格を与えることで、いくらでも擬似的現実をつくることができます。

    ドラマというのはどうしても主役に目が行きがちで、自己を主役に投影してしまいます。言ってみれば、ドラマは自己中心的な世界に持っていく主観的な媒体と言えるでしょう。

    一方、シミュレーションというのは、全く個人無視の客観の世界です。言い方を変えると、自己から離れさせ、他者の視点に強制的に立たせる媒体なのです。

    擬人化された漫画はそれと似たところがあります。すべてのキャラクターには他者の目がついているのですから、鑑賞する人は、どれにも目が行きます。自己から離れさせ、他者の視点に強制的に立たせるのです。

    確かに、擬人化されたといってもドラマ仕立てですから、主役に目が行くとこはあるでしょうし、自己中心的になりがちなところはあるでしょうが、その内容が現実の世界ではないところはどうしても、突き放された感じは否めません。擬人化は視線を平坦にしてしまうのです。

    擬人化された漫画は、どうしてもその源泉である第2象限の臭いを持っているので、すから、第2象限と第4象限を行ったり来たりすると言った方が正しいかもしれません。

    こうして始めて作者の位置が見えたて来たように思います。作者は、第2象限と第4象限を行ったり来たりさせることを狙っているのです。

    ガガの写真が、第1象限と第2象限を行ったり来たりさせることを狙っていたように、擬人化というのは、第2象限と第4象限を行ったり来たりさせることを狙っているのです。

    ここがシミュレーションと異なるところです。シミュレーションは、第1象限と第3象限と第4象限に跨っているのです。
    続く

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