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from: 生成門さん
2012/08/24 12:22:53
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内部観測とは三角錐のことである
内部観測とは三角錐のことである
<四次元能版エヴァンゲリオン:圏論という言語>
内部を探検する
http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111135444
の続きです。
内部観測とは三角錐のことと仮定して先を急ぎます。内部観測=三角錐であることをナビゲータの助けを借りてして確かめてみようと思います。
内部観測とは認識行為のことですから研究・探検・探求と言っても良いでしょう。それが脳の中なら脳の探検(脳の中の能)ということになるのですが、問題はそれが脳科学とどう違うのかということです。
何故、科学と言わないで内部観測などというのでしょうか?
それを理解するのは難しいということなので、実際に、内部を探検してみることにしましょう。単なる探検と内部探検とはどう違うのでしょうか?
それは簡単です。
未開地を外にいたままで理解することができないからです。未開地を実験室に持ってくることなど出来ないでしょう。自ら出かけて行かなければならないということです。
内部探検から内部観測を想像すると、先ず、そこには内部という場があって、そこに探検者自らが「いる」ということです。そこにいるということは、食べたり寝たりするのですから、一人称として実体験をするということです。
当然、探検する目的があるでしょう。それが内部の様子を探ることなら、その全容を求めて彷徨うでしょう。つまり、探検とは間断のない「さまよい」だということです。「さまよい」とは、観察であり、観測であり、解釈です。そうなら、それを記号過程と呼んでも何ら支障はないでしょう。
その記号過程は探検という一人称の体験の世界、つまり、外がない内部のみで構成される世界です。その中にいて探検するしかない、つまり、方法がないのですから一人称でしかありえません。
探検者は一人称の主体となって、内部という場との関係を持つとき、その都度、地から柄を切り出していきます。その切り出しが記号過程であり、柄が認識の対象なのです。その対象が人間なら、その相手は二人称となり、その相手から内部の様子を聞いたりするでしょう。
その対象が物なら、その物は内部の何かを指し示しているでしょう。こうして多くの者(物)と接触を重ねることで認識が拡大していきます。「認識が拡大する」とは大勢の他者(もの)との接触によって自己の中に他者の認識が生成されることなのです。これが一人称の中の三人称の三角錐による自己認識です。三人称とは単に三人称の認識ではなく、一人称と二人称と三人称が合成・補間された三つの認識のことなのです。
すべての物と者と接触することはできませんが、あるところで探検は切り上げることになるでしょう。切り上げた時点で、その探検は終了です。
その範囲で内部の様子を確定することになるでしょう。これは内部を同定(こうである)したことを意味します。
しかし、探検は終了することはありません。仮の終了なのです。内容を同定する探検はこの一人称の世界の内で絶えることはできないのです。探検が未開地に行って終わったら帰国してお仕舞いですから内部から外部に出て来たことを意味しますが、本当に終わったと言えるのでしょうか?
未開地という場所とはアフリカの奥地を意味するでしょうが、そこが内部なのでしょうか?
未開地と未開地ではないという境界はどこにあるのでしょうか?
未開地を探検する一人称は、それを内部と外部を分けることはできないのではないでしょうか?
仮に分けたとしても不逞の輩によってそれは直ぐに破られてしまうのではないでしょうか?
探検者にとって外はないのです。
未開地を人生に置き換えてみればもっとそのことが分かるでしょう。人生を一旦終了して外に出ることなど出来るでしょうか?
そうです。人間は外のないモナドなのです。
このように、主体が何を探検しようとも、その探検は継続するのであり、果てしのない記号過程が持続するのです。これを内部観測(探検)というのです。
観測を人生と置き換えれば、人生とは内部に生きることなのです。
続く-
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