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シムダンス「四次元能」

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  • from: 生成門さん

    2012年08月28日 16時32分40秒

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    一人称から三人称の認識を生成できる?

    一人称から三人称の認識を生成できる?
    <四次元能版エヴァンゲリオン:内部観測とオートマトン>

    内部観測者とはシムハンター(内部を探検する者)
    http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111191573
    の続きです。

    ここで高橋氏のT/エージェント=有限オートマトンに話を戻します。

    内部観測の数学的表現に挑戦している高橋信二氏の「内部観測:脱構築から発達へ」
    http://www.e.okayama-u.ac.jp/jafee/paper/a42.pdf
    を参考にして考えています。

    対話するT/エージェントを有限オートマトンで実現するということは「文を入力させ文を出力することだ」と言いました。つまり、そうなるために内部状態をどう遷移させるのかということになります。

    これは言語を作ること道路網を完成させることに相当するでしょう。

    簡単にいうと、T/エージェントとは、文{ }を入力すると文{ }を出力するマシーンだということです。{ }の中は文字の集まりです。仮に{いろは・・・ん}としてみましょう。実際にT/エージェントがあったとして、これを動かしてみることにしましょう。

    先ず、初期状態を「い」、「ん」を終状態とします。次に、「ろ」が来れば先に進めます。こうして一文字ずつ進んで行きますが最後に「ん」が来れば終状態となり、有限オートマトン は文{いろは・・・ん}を受理したことになります。

    実際には{いろは・・・ん}はどのような順でも来ますので、その状態の遷移は無数にあります。しかし、インターネットのように宛先(終点)さえがあれば、どんな経路を辿っても行くように、あらゆる状態遷移が可能にしてあれば、どのような文でも受け入れることが可能となるでしょう。

    こうして、有限オートマトンは文を生成することができるというわけです。

    有限オートマトンには選択すべき次の移行先が決まっているものと決まっていないものがあり、決まっていないものがやっかいです。

    新幹線のケースは次にどこに行くのかが予め決まっていますので、このようにきまっているものを決定性有限オートマトンと言いましょう。それに対して、次なる選択が決まっていないのを非決定性有限オートマトンとします。

    オートマトンを学ぶための前置きが長かったですが、これが内部観測を数学的に表現するためのオートマトン的迂回経路ですから仕方がありません。内部探検者=シムハンターは新幹線のように上がりに向かってまっしぐらに行けない迂回者なのです。

    しかし、内部観測を数学的に表現するという道具として有限オートマトンが有効のように思っているのです。或いは、そのもっと強力な圏論の入口になりそうだとも直感しているのです。

    それで迂回しているのですが、ここで、重要な「あること」が浮き彫りになってきました。これまで、三角錐は一人称、二人称、三人称の一体化したものとしてきましたが、一人称と三人称の違いには相当、詳しく吟味したのですが、それらの関係には余り触れてきませんでした。又、相互作用があるとは言ってきましたが、どのような相互作用かは明らかにしてきませんでした。

    一人称と三人称の違いは視点の自由度であるとは言いましたが、一人称から三人称へ視点を移動することはあっても一人称から三人称の認識を生成することには触れてきませんでした。

    一人称は一人称であり、三人称は三人称であり、それらは位置を変える事で認識が変わるとしてきたのです。例えば、プロ野球の選手が解説者になると成り立ての頃はその説明は一人称的になりますが、それはそれで初々しさを感じられますが、慣れてくると、次第に解説者(三人称)らしくなってきます。視点の移動が切り替えられたということでしょう。

    しかし、それは決して、一人称での現在進行形でも出来事を三人称の認識として表現したものではなりません。やはり、どんなに内部に詳しいからと言っても、内部から離れると元の一人称ではない外の三人称になるのです。

    内部から離散せず、一人称を三人称で表現することはできないのでしょうか?

    その当たりが、野球の監督の采配や三人称ドラマに見られるのですが、非常に難しいプロの味(サジ加減)だと言いました。しかし、そこに一人称を三人称で表現できる可能性はあるということです。

    過ぎたるは及ばざるが如し
    http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100110736940

    問題はプロの味(サジ加減)に留めるのではなく、それを形式化できないかということです。数学的に表現できないかということです。

    私達が目指すべき当面の到達点は「開かずの間」を開ける事ではなく、その一歩手前でも良いのです。それが一人称を三人称で、しかも、数学的に表現することではないでしょうか?

    ところが、高橋氏はあっさりと一人称から三人称の認識を生成できるというのです。これはとても驚きです。しかも、そこに二人称が関係しているようなのです。

    これまで四次元能では、二人称は一人称的な扱いでしたので、あまり関心を持ってかなかったのです。三角錐ではそれを一体としているのですから軽くは見てはいけなかったようです。

    高橋氏の二人称に対する扱いを理解することが三角錐を真に理解することになるのかも知れません。しかも、数学的表現であるオートマトンの性質、非決定性と決定性に関係があるというのです。

    キーワードは非決定性と決定性と人称の関係です。心してかかりましょう。

    続く

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