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from: 生成門さん
2018年07月04日 07時52分19秒
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不完全性定理と自己言及のパラドックス
不完全性定理の大元は自己言及のパラドックスである。これを数式化したのである。自己言及のパラドックスは嘘つきのパラドックスであり、分かりやすい。しかし、不完全性定理の方は、これを理解しようとする素人には無理である。だから、解説を援用する。ところがその解説が間違っている可能性もある。その結果、とんでもない結論を招くことにもなる。
その事を良く知った上で、解説された不完全性定理に接近することである。本質知る手掛かりにはなるだろう。何しろ不完全性定理はある理論的な体系は自身を証明できない。つまり、数学は数学自身が間違っていないことを説明できないと言うのだから、大変な定理である。数学を別の言葉に置き換えるとそれが良く分かる。
例えば、神である。神は自己完結した宗教体系である。だから、神は神自身が間違っていないことを証明できないとなる。
これは神を信じる聖書サイトにとっては由々しき事態である。だからなんとか不完全性定理は神には当て嵌まらないことを説明しなければならない。
しかし、これが厄介なのである。不完全性定理は純粋に数学の中での話であり、それを鵜呑みにして神の論理が不完全だと言えるかどうかは怪しいのである。
だから、垣根は高いが不完全性定理をちゃんとものにしなければならない。
どうすればよいのだろうか。そのヒントはある。それはS科学である。S科学は不完全性定理の核心は再帰的に数え上げることができると言う事を条件にしているという。その上で、実数は存在しないと言う結論を導いていいるのが、不完全性定理なのだと言う。
一方で、不完全性定理は対角線論法を使って、自然数の体系は完全ではないという事を証明したかに読めるのである。自然数は無限にあるから、どんなに数字を並べても、それに一対一で対応させることができるはずである。しかし、実際にやって見ると、それは出来ない。その理由は実数も無限にあり、自然数の無限より遥かに多いからである。
自然数の体系が不完全なのか、実数という体系が不完全なのか不明であるが、S科学の文脈からすると、実数は存在しない数である。だから、ゲーデルが証明したのは、自然数が不完全という事ではなく、実数が不完全という事になる。そのことが他の多くの解説されたテキストを見ると、良く分からなくなるのである。
酷いのは、不完全性定理の極限は意味のある命題を置くと無意味になるから、究極は超無意味こそが真理であるなどという論理を導く輩もいる。それによると仏教の空こそがランダムなのだという事になり、解脱はランダムにあることになってしまう。
これは本末転倒である。不完全性定理は実数は存在しないことを証明したのであって、実数礼賛ではないのである。これが逆転してしまうのは、如何に不完全性定理が誤解されやすいかを物語っている。
だから、対角線論法を制覇しないといけないのである。
とにかく、元凶は実数にあることは明白なのだからそれを手掛かりにすることにしよう。
無限より多い無限があるなどというのは理解に苦しむが、それを対角線論法を使うと簡単に証明できるのである。
だから、不完全性定理を否定するためには対角線論法を否定しなければならなくなる。幸い、対角線論法は簡単である。
だから、これを否定することは出来るかどうかは別として、理解は可能である。そこで、その対角線論法を否定するつもりで頑張ってみよう。
その方が理解が進むだろう。肯定から入ると問題点がぼやけるのである。
いずれしても、不完全性定理の理解は精神臨床のサイトとしては避けて通れないようである。
その呟きを覗いて見て欲しい。粗っぽい議論が白熱している。
https://twitter.com/fractaleA
https://twilog.org/fractaleA/date-180703-
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