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  • from: Infophysさん

    2013年06月24日 00時07分08秒

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    外に出ることの良さ

    外に出るほうが、情報処理が進む日が多い。
    特に(研究以外の)課題がないから家に閉じこもらなくていいということもあるけど。

    外に出ると、自分の中がシャッフルされてしまうせいか、自分の中の情報でも、家にいたのではつながりそうにないことまでつながりに気付くという感じがする。
    あと、対戦格闘ゲームをやってると負けたときにずがーんっと自我が破壊される。これもまた再編成を必要とし、破壊と構築を繰り返していることに気づく。研究も人生も同じなんだなあと思った。思考ばかりを要する生活でも試行錯誤には違いない。全部、思考実験で先が読めれば苦労はないのにね。悟りはそれが急激に進行したりするのかもしれない笑 あっという間に時空を超えてしまえる。

    自分の中でだんだん不動の部分が増えてきている感じがする。自我を構築していくというのは自分を知ることに等しいと思うのだが、またそのせいか後戻りもできない(したくもないのだが)ことも確かだ。(また自我崩壊をしない限りは。)何か「ベールをはぐ」ことに近い気がするのだが・・・。正しい答えが外に存在するというのはやはり誤りというべきだろう。自分の中に安定的に秩序づけられてこそ知ったということになる以上、知るということは自分を知ることに他ならない。可能な自我のあり方(の一部)を知るという意味になるだろう。

    自分の生まれ持った核となる「情報」があったとき、あとに、その「自分」に付随してくる情報は自動的に(=整合的に)決まってしまう気がするのだがどうなんだろう。それを縁のある存在というのかもしれない。三子の魂百までも。

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