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from: オグライドさん
2009年06月18日 14時40分00秒
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空想ドキュメンタリー第7話「祭りのあと」
林立する巨大ビルの中に、深緑の森があった。
真四角に区画された、東京新宿中央公園だった。
JR新宿駅から程なく歩く、新宿副都心や都庁に囲まれたその公園は、しかし萌えるような緑はこのコンクリートに囲まれた新宿で自然を感じさせてくれる。
公園の中で、真ん中で学校の校庭ほどの開けた場所に、人だかりができていた。
数百人ほどの人がいた、入り口には紙束を脇に抱え、公園に入る人に渡している人もいる。
またのぼり旗を手にしている人もいれば、拡声器で声を大にして話している人もいる。
「雇用を守れ」「人権を守れ」「労働者は財産!!」
今日は、4月29日、年に一回の労働者の集会、メーデーである。
年に一度、それぞれの会社から労働者の立場を考える組合側の人間達が集まり、集会を行うのだ。
その中に一人の男がきていた。
ぼさぼさの頭に、薄汚れたシャツによれよれのジーンズの男、あたりをきょろきょろ見回し、落ち着かない様子である。
その男、天田四郎がいた。
「あーいたいた、四郎君。こっちこっち」
拡声器を片手に、一人の男が四郎を呼び寄せる。
四郎は呼ばれたほうへ行く。
数十人の男女が、円を作るように集まっていた。
「よくきてくれたね、四郎君」
四郎を呼んだのは、勝田。
この数十人の集団、フリーター支援、就業支援を行うNPO組織の代表である。呼んだ四郎と、握手を交わす勝田。
「今日はがんばろうね、四郎君」
言われた四郎は、はあと、気持ちがこもらない感じで答える。
こうして、多くの人が労働者の立場や、賃金、環境を改善するために、主張をするために集まってきたのだ。
勝田と、その周りにいる数人は、口々に主張を言う。
その言い方は熱を帯び、力がこもっていた。
四郎も、勝田に促されて、その中に加わるのだが、その目はある一人の女性に向けられていた。
佐山、恵。このNPOの一員である。
いまどき珍しく、腰までかかる栗色の髪、切れ長の瞳。
服の上からでも分る、ナイスぼでー。
飾り気のない、白のワンピースであるが、とても素敵におもえた。 (来ていた、はあああ、恵さん!!)
再会した恵の姿、嬉しさがこみ上げる四郎だった。
その四郎に気づいた恵が、四郎のほうに歩み寄ってきた。
四郎の心臓が、鼓動が、早くなる。
「きてくれたんですね、四郎さん」と声をかけてきた。
「は、はい」と四郎は、声が裏返ってしまう。
「や、やはり労働者のけ、権利とか大事ですよね」と、かえす。
(綺麗だなー、恵さん)四郎はきてよかったと心底思う。
「そうとも、大企業や、経営陣の都合だけで、僕らの雇用を左右されないためにも、がんばろう!!」
勝田が、音頭を取る、周りの人たちも一斉に「おー」と応える。
時間は朝の9時、勝田が集合をかける。集まった人たちに今日の予定を伝えると共に、数人と打ち合わせをする。
「四郎さん」恵が言う「今日はがんばりましょうね」
「は、はい」
(が、がんばります!!。あなたために><)
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話は数日前に遡る、天田四郎は期間限定で働くいわば派遣として働いていた。その日その日割り当てられた仕事をこなす毎日、たまたま療がある職場で、無為な日々を過ごしていた。
大好きなアイドルのラジオを聞くのと、プラモデルを組み立てる以外、することもなくただ過ごしていた。
いつからそんな働き方をしてきたか、思い出すのが難しい。
人並みに高校をでたまでは覚えているが、そこからはバイトなどで食いつないでいた。気がついたらこうなっていた。
そんなある日、四郎は職場から解雇された。
理由もなにもない、一応説明はあったのだが、あまりのことに四郎の耳には届いていなかった。
1月の猶予が与えられ、その間に次の職場と住む所を探さなくてはならなくなった。
悲しむ暇も無く、四郎はハローワークで、職を探してみた。
そのとき、声をかけてくれた人がいた。
「あの、すこしよろしいですか?」
四郎は思った、かわいい子だった。
彼好みの、アイドルに良く似ていた。
一人の女性が声をかけて来たのだ、それが恵だった。
彼女はこうして、不当に解雇された派遣やフリーターに声をかけて自分が自分が所属する組織に勧誘していたのだ。
四郎は、天にも昇る気持ちだった、これまで女性に縁が無かっただけに、興奮が抑えきれない。
それにも増して四郎の気持ちが動いたのは、彼女の声だった。
高い、けれど聞き心地のよい、いい声だった。
四郎は、二つ返事で参加を決めた。
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午前10時、新宿中央公園に集まったデモ参加者は、公園から移動を開始し、一路集会による講演を行う会場である渋谷くにある代々木公園へと移動を開始していた。
四郎が参加している勝田の組織は、集団の後方にいた。
全部で、数十の組織がいっせいに移動している、一列に移動しているとはいえ、数千人規模の移動であり、なかなか速度があがらない。
春の朝、陽気にも恵まれ、過ごしやすい陽気でデモ行進は、ちょうどいい遠足のようだった。
(そういえば)四郎は思う(子供のころ、学校の遠足みたいだな)周りをみれば、勝田が何人かと行進しながら、話していた。
その中には、恵の姿もあった。
こうして憧れの女性と一緒に歩く、それだけでこんなに嬉しくなる、どきどきする。好きなアイドルのイベントに参加したときでもここまでどきどきしなかった。
「そういえば、四郎君」不意に、勝田が言った。「今の仕事、調子どうだい?」
組織の人たちも、四郎のほうに向く。
「え?、いや、ぼちぼちかな?でもなんとか注文もきてるし、俺一人なら食っていけるですよ」
頭を掻きながら、照れくさそうに応える。
おーと、周りから驚きの声があがる。くちぐちにおめでとうと声がかかる。恵が小さく拍手する。
「四郎さん、すごくがんばってますもんね」
ありがとうめぐみさん、これもすべて貴女のおかげです。
心の中で、感謝する。実際彼女のおかげだった。
本当に感謝していた。
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ハローワークから、帰ってきた四郎だったが、自分がしたい仕事など見つかるはずもない。待合室のロビーで四郎はうなだれていた。
「あのー」と、遠慮気味に恵が声をかける。
「元気だしてくださいね」四郎はあいまいにうなずく。
「俺なんて、どうせ。駄目ですよ」
「そ、そんなこと、、、、、、」
押し黙ってしまう四郎だった。
「なにか、得意なこととかないんですか?」
「得意って、プラモつくるぐらいしか、、、、」
「プラモデルですね?まっててくださいね」
恵は、もっていたバッグからパソコンを取り出して、キーボードにうちこみだした。
「これ!!これみてください!!」
と、四郎にパソコンの画面を見せた。
そこには、プラモデル完成品募集の案内だった。
「今、プラモ作ることで、収入稼げるみたいなので、やってみたらどうですか?」
四郎は、半信半疑だった。けれど他にする見込みも、あてもなく、ただ彼女の言われるまま、始めることにした。
そして、数日が立ち、四郎にとって意外だったのが、多くの注文をもらえるようになったことだった。
そのことを勝田や恵に報告すると、まるで自分のように喜んでくれた。そのことがまた、四郎にとってうれしかった。
住む所は、NPOがお金を貸してくれて、見つけることができた。そして、今こうしてみんなと共にいる。
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午前11時、デモ行進もゴール時点である代々木公園に到着した。初めて参加する四郎には意外だったが、会場を囲むようにいろいろな露天が立ち並び、まるでお祭りのようだった。
屋台からは、料理のいい香りが漂ってくる。
地方からさまざまな特産品をならべてあり、路上ではロバのポニーが子供を乗せていたり、道化師が曲芸に興じたりしていた。
行進してきた集団は、それらを横目に講演をするための場所に向かう。
「ここまでくれば、あとは講演だけ。みんなあともうすこしだ」
「その講演がながいんだけどね」
勝田が、みんなに声をかける、そのあと恵が言う。
学校の校庭ほどに、みなが並び、設置された台には、マイク台が設けられている。
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あれから、一月がたった。プラモデル組み立て代理業の仕事は、その後も順調に入り、「もっと前からやっていればよかった」と、一人で愚痴を言うほどに。
その後、多くの仕事をこなし、四郎の仕事ぶりはインターネットで注目されるほどになった。
四郎は、もはや収入的には不満はなかった。そこで四郎は、あるひとつの決断を決めた。
お世話になった、恵になにか贈ろう。
多くの仕事をこなした、時には何日も徹夜をこなした。
そうして貯めた金で、指輪を買った。
恵に贈るために。
そして言うのだ。好きです、と。
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講演が終わって、数時間後。午後7時にもうなろうかという時間
、勝田をはじめとするNPOの集団は、自分達の事務所にいったん戻り、これからの打ち合わせをしたあと、軽く打ち上げをすることになり、みんなでビールで乾杯をする。
そのなかに四郎の姿もあった、こうして仲間と共に酒を飲めるなんて、のど越しに伝わる苦い酒と、喜びを飲み込んでいた。
(おおー神よ!!この嬉しさを、ありがとう!!)
「みんな、聞いてくれ。」と、勝田がみなに言う
「今日は一日、お疲れ様。これからもがんばって行きたいと思うんだが、その前に報告したいことがあるんだ」
と、いうと勝田の隣に恵が立つ。
「実は今度俺達、結婚するんだ」
(え?)四郎は、はじめなにをいっているのか、わからなかった。勝田の隣で小さくうなずく恵の姿を認めながら。
周囲の人たちは、次々の祝いの言葉を二人に贈る。
四郎の心の中は、真っ白になっていた。
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気がついたら、帰り道の途中だった。
ここまでのことは、よく覚えていない。
ぼーとして歩いていたが、顔の辺りを、熱いものが流れている。
涙だった、流れる涙は止まらなかった。
四郎は走った、思い切り走った。
家の中に入り、倒れるようにベッドに横たわる。
泣いた、声を出して泣いた。
(神よ!!)四郎は思った。(こんなことなら、もっと早く失恋しておけばよかった)
胸にしまっていた、渡すはずだった宝石箱を握り締めながら。
死のう、もう生きていたくもない。
工具箱から、カッターを取り出す。
静かに左手の手首に当てる。
そのときだった、固定電話がなりだした。
四郎はとるべきかどうか、悩んだがとった。
「もしもし。天田さんにおたくですか?」
高く、そして透き通るぐらい清らかな女性の声。
不覚にも、心を奪われた。
そうです、と応えると電話の向こう側の女性は続ける。
「わたしモデルぐらっフィックスの編集者の川澄と申します。
今度、モデラーの方々の特集組みたいので、是非取材させてください。お願いします。」
「え?取材ですか?」
「ええぜひ、お願いします。」
電話口から聞こえる声に、すっかり四郎は興奮していた。
四郎は、取材を受けることを伝えた。
「よかったー、わたし前から天田さんのプラモ、すごくよくできてるって思ってました。もうすっかりファンなんですよ」
「ぜひ天田さんには、うちの専属モデラーになっていただ期待とも、思っております。よろしくお願いしますね」
「それじゃ、後日また連絡しますね」
(おおー><神よ、俺はまだ、生きていて良いんですね)
天田四郎の心は、これからの出会いに期待に胸を膨らましていた。
<了>
コメント: 全4件
from: ハッピー - 2さん
2009年06月18日 16時16分46秒
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「Re:空想ドキュメンタリー第7話「祭りのあと」」
オグライドさん、またまた車の中で読んでしまいました(>_<)朝から、そんな予感はしていたんですが・・・(T_T)
今回はメーデーなんですね(^^)もう、遠い過去になってしまいましたが、NTTに勤務していた頃、2〜3回参加したことがありますよf^_^;懐かしいな〜(^^) 捨てる神あれば、拾う神ありですね。オグライドさんの努力の跡が見える作品に仕上がっていますね(^^)
やっぱり、次回作も期待してしまいますね〜(^^)
よろしくお願いします<(__)>
from: shindanshiさん
2014年01月20日 08時33分05秒
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オグライドさんおげんきですか!
偶然にもこのブログを拝見しまして懐かしくなりました。
診断士の勉強は如何ですか、当方は昨年も一次で一敗地に
まみれました。
本年もチャレンジしますがどうなりますか、今年は行政区の
区長につく予定ですので忙しくなりますから負荷が増えます。
これを言い訳にせずに挑戦を継続いたします。
機会を捉えて投稿願います。お元気で!
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