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from: 和寇の末裔さん
2010/02/26 09:16:54
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ク-ベルタンの初心から大きく様代わりしたオリンピック
近代オリンピックの創設者ク-ベルタン時代には、「参加することに意義がある」オリンピックであった。
これが国威宣伝の場と化したのは、ナチスドイツが主催国となったベルリンオリンピックからであった。ヒットラ-は「民族の祭典」と称して、大々的なナチス宣伝の場としてフルに活用したのだ。
戦後は、皇帝並みの権威と贅沢をほしてままにしたサマランチ会長の元で、やたらに華美になり、商業主義、金儲けのオリンピックと化し、選手にも賞金を与え、選手のコマ-シャル活動も自由となり、アマ規定もなくされ、ブロも出場OK、オリンピックは、完全にカネまみれの商業主義と国威掲揚の場となってしまったのだ。
ク-ベルタン時代のすがすがしさは完全に消え去ってしまった。
だから、冷戦時代のソ連圏は、経済的な立ち遅れをオリンピックで、国威の埋め合わせようと、東ドイツあたりは国家が選手の育成に力を入れ、滅法、メダルを稼いだのであった。
日本でも、その流れは益々強くなるぱかり、マスコミも囃し立て、過大広告で大選手団を送り込むことになったのである。
しかし、日本の成績は振るわず、4年前のトリノの冬季オリンピックでは、メダルは荒川静香の金一つだけ、バンク-バ-でも不振は続いている。
これでは、日本の国威掲揚どころか、国威引き下げのための大選手団の送り込みというていたらくである。
抜本的に考え直す必要があるのではないか。
村上新八
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