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from: consolationsさん
2009年09月22日 07時20分39秒
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シューマン 交響曲第2番
1840年、クララ・ヴィーグと結婚してからライプチィヒに住んで作曲にいそしんでいました。
1844年ごろから、精神的疲労を感じ始め、医者の勧めで転地療法のため、ドレスデンに移住します。ここで、対位法を研究し、自信を取りもどし、
1845年「ピアノ協奏曲イ短調」を完成。それで次の交響曲作曲を計画します。
スケッチは12月12日から始め、28日に完了。結構苦労した中だったようです。
オーケストレーションは1846年2月から10月。初演は11月
メンデルスゾーン指揮・ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で行われました。
好評だったようです。とはいえ、以降、この曲は、演奏回数も少なく、難解な作品といわれてきました。
シューマンは「この曲は、私の精神の反抗であり、私はこれによって運命と闘ったのです」と言っています。つまり「半分、病気の時にスケッチした。いうなれば気分に反抗した作品だ。終楽章を書いたとき、自分自身を取り戻した。というものの暗い時代を思い起こさせる」ということです。
最終楽章の第4楽章では、明るさを取り戻しますが、
第1楽章は、気のせいかもしれませんが、言われてみれば少し神経質な感じもします。いい曲ですが。心の内声を歌っている曲です。
第2楽章は、意外にも私見ですが、メンデルスゾーンの作風に似ています。ところどころ妖精が舞うような曲調が。
第3楽章 メロディはしっかりしていますが、葬送行進曲的な暗い音楽です。アダージョです。
ゆったりと流れる音楽です。
ハイティンク指揮アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団の演奏は、音が一様で、盛り上がりが
若干弱い感じもします。洗練さはあります。
セル指揮クリーブランドは、一音一音明確で、音を刻むという感じです。もちろん音楽の流れは損なわれていません。ぐいぐい押す感じです。
こういう難解な曲には、セルのほうが、似合っているかもしれません。-
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