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from: consolationsさん
2011年09月21日 22時34分42秒
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シェーンベルク:グレの歌 12音技法変遷前の傑作
シェーンベルクは私にとり苦手な作曲家で、まったく聴きこんでなく、10年ほど前に購入したグールドとポリーニのピアノ曲で、ますます苦手になっていました。
1年ほど前、ラトル指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団を聴きましたが、さほど良いとも思えず、ほったらかしでした。
しかし、つい最近、インバル指揮、フランクフルト交響管弦楽団を聴いてから、冒頭の序曲に惹かれるようになり、
・シャイー指揮 ベルリン放送交響楽団
・ストコフスキー指揮 フィアデルフィア管弦楽団(米国での初演ライブ盤)と聴きこむうちに、実に魅力が濃縮された作品であると気付き、シェーンベルクという作曲家を知る大きな足がかりとなりました。
アーノルト・シェーンベルク(1874-1951)は初期においては、成熟したともいえる後期ロマン派を作曲(浄められた夜)し、
続いて、ヨーロッパクラシック音楽の骨組である「調性」の新たなの段階ともいえる無調音楽(朗読入りの「月に惹かれたピエロ」)を創作しました。
たどりついた先は、12音技法です。
(相互に関連付けられた12の音を等分に扱う作曲技法作品《モーゼとアローン》)12音技法の詳細については、私は専門教育をうけていないためわかりません。
当初「グレの歌」は、ウィーン音楽協会主催のピアノ伴奏歌曲集の募集への作品として、1900年に作曲着手され、経済上の理由で、創作が中断し、1911年になって完成したという作品です。
12音技法の時に発表された作品ですが、グレの歌の着想自体は、それよりずっと前で、無調時代のものです。
ピアノ伴奏歌曲版としてある程度の手ごたえをつかんだシェーンベルクの創作意欲はふくらみ、1900年ごろ、全体の構成ができ、オーケストラ版への作りこみも進んで行きました。
ようやく1911年に完成し、初演は1913年ウィーンの楽友協会で、F.シュレーカーによってなされ大成功を収めました。
グレの歌のテキストは、デンマークの作家ヤコブセンの未完小説「サボテンの花開く」にでてくる、長編詩「グレの歌」です。
内容は中世の王ヴァルデマールがグレ城の侍従の乙女トーヴァを愛するようになるが、嫉妬心を抱く女王によりトーヴァは毒殺されてしまいます。
王ヴァルデマールは、想い人トーヴェの死に絶望し、激しい言葉「神よ、私もまた支配者だ」と神を非難し、呪ったため、天罰を受け亡霊となって永遠に森で狩りをし続けなければならなくなります。
そうした中、トーヴァ自己犠牲の愛、死後もヴァルデマルを愛する愛の力にによって、王は天罰を解かれ、太陽が昇ることを表わすモチーフ歌によって、救済賛歌が示されるというものです。
このストーリーは、デンマークの古くからの言い伝えによっています。
女性の健気な救済というのも男側からの見解による都合のよい設定のドラマ仕立てになっています。
作品全体が3部構成で、語り手と5人の声楽独唱者、4声3組の男性合唱と8声の混声合唱、オーケストラパートに180人を要する大規模編成です。
12音技法に到達する以前のシェーンベルクの音楽が集約された形となっています。
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