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from: 庵主さん
2010年06月17日 13時44分06秒
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奥の細道行脚。第六回「那須」
【奥の細道】
那須の黒羽というところに 知人がある。これより野を横切って、近道を行こうとした。遥かに一村落を見、たどり着くと雨が降り日も暮れる。農夫の家に一夜の宿をかり、明ければまた野中を行く。放し飼いの馬あり。草刈男に嘆きよれば、野夫とはいうものの さすが情けを知らぬものではない。
「さて、どうしたものか。馬をお貸ししたとて、この野は縦横無尽の分かれ道。不案内な旅人では道に迷うかもしれない。迷いそうになったら、この馬に任せば自然と進み、止まる。それより馬をお返しください」
と貸してくれた。幼いもの二人、馬のあとをしたい、駆けてくる。一人は小さな姫で、名を「かさね」という。聞きなれぬ名が優美に思え、
かさねとは八重撫子の名成べし 曾良
鑑賞(人里はなれた野にも可憐な花が咲くもの。小さな姫の名はかさね。花びらを重ねる、八重撫子に名をもらったのであろうよ)
やがて人里に出たので、駄賃を鞍つぼに結びつけ馬を返した。
【奥細道菅菰抄】
那須の黒羽というところに
黒羽根は、那須七騎の内、大関家の領地で、館がある。
これより野を横切って
この野は、那須野をさす。名所である。『夫木抄』、「道多きなすの御狩の矢さけびにのがれぬ鹿のこえぞ聞こゆる」、真実。
野夫とはいうものの
野は、いやし、と訓じる。野夫は、礼儀をわきまえない軽輩の称であり、今民間に「やぼ」というのも、ここから出た。
この野は縦横無尽の分かれ道
那須野の道が多いこと。前の古歌にも見える。
「この馬に任せば自然と進み、止まる。それより馬をお返しください」と貸してくれた
馬は道を知るものである。韓非子にいう。「斉の桓公が狐狩りに出かけた。春に出発。冬帰還。道に迷い方向を失う。管仲が、老馬の知恵を借りましょう、という。そこで老馬を放って、これについていったところ、ついに進むべき道がわかった」と。
名を「かさね」という
調べてみると、世間で、祐天上人が教化した、鬼怒川の与右衛門の妻、かさねというものは、もしかすると、この小姫が成長したものではあるまいか。おおむね時代も一致するし、鬼怒川もこのあたりに近い。
『奥の細道 曾良旅日記 奥細道菅菰抄 全現代語訳』能文社 2008
http://bit.ly/cnNRhW
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