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  • from: 22世紀さん

    2010年10月21日 21時27分11秒

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    ニューズウィーク日本版

    ロシアを見捨てる起業家世代
    ニューズウィーク日本版 10月6日(水)20時40分配信

    武装した警察官による会社乗っ取りが横行し、有能な若手経営者が大挙国外に流出している

    オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

     4年前のこと。携帯電話会社エフロセチの若き経営者だったエフゲニー・チチバルキン(当時34歳)は、ロンドンで開かれた経済フォーラムで、新生ロシアをさっそうとアピールしたものだ。

     赤のスニーカーにポップな落書きジーンズ、誇らしげに「MADE IN MOSCOW」とプリントしたジャージー。ラフなスタイルで演壇に上がったチチバルキンはわずか5年で業界トップにのし上がった成功談を語り、「新世代の若手実業家」の力で「ロシアは世界経済の仲間入りを果たす」と高らかに宣言した。

     そのチチバルキンが、今またロンドンにいる。ただし今回は投資誘致のPRマンとしてではなく、亡命者としてだ。エフロセチには何度か警察の捜査が入り、チチバルキンの共同経営者2人が逮捕され、会社は売却された。チチバルキンの母親は4月に変死。彼自身も身に覚えのない誘拐と恐喝の容疑で指名手配されている。

     今のロシアでは、腐敗した警察に会社を乗っ取られたり、脅迫されて外国に逃亡する実業家や弁護士、会計士や銀行家が後を絶たない。30代、40代の若手中堅が丸ごと「亡命世代」と化している。

     国際的な汚職監視団体トランスペアレンシー・インターナショナルの推定では、ロシア企業の3割強が警察の捜査対象となっている。モスクワ市当局が設置した不当な捜査に対する苦情ホットラインに、この1年間に寄せられた相談件数は、それまでの10倍の2000件以上に上った。

    ■有罪率99・5%の蟻地獄

     ロンドンに住むロシア人は推定30万人。犯罪者やその他の事情を抱えた人もいるにせよ、不当逮捕を恐れて逃れてきた亡命実業家が何千人かいることは確かだ。

     現状に嫌気が差して祖国を捨てる人材も増えそうだ。モスクワに本拠を置く世論調査機関レバダセンターの09年の調査では、1600人の回答者の13%が国外移住を希望していた。これはソ連崩壊直後の92年と同じ割合だ。

     人材流出がロシア経済に及ぼす影響は甚大だ。ウラジーミル・プーチンが大統領に就任した00年以降、この10年でロシアは世界経済フォーラムの競争力ランキングで51位から63位に転落。財産権の保護では、マラウイ、ニカラグアと並んで119位。司法の独立では116位、警察の信頼性では112位、経営の健全度では77位という不名誉な座に甘んじている。

     石油・天然ガスの価格上昇で、マクロ経済は安定的に成長しているようだが、現状ではエネルギーに代わる新産業の成長は期待できない。「経済の刷新を牽引できるのは、自由で独立した起業家精神に富む若手だが、国家がそうした人材を追放している」と、有力野党「もう一つのロシア」の指導者ウラジーミル・ルイシコフは言う。「こんな状況で欧米の資本を呼び込めるわけがない」

     問題の核心を成すのは、警察と犯罪組織の癒着だ。この2つが結び付けば「ほぼ無敵」だと、弁護士のウラジーミル・パストゥホフは言う。警察と秘密警察は弱みのある企業に目を付け、ロシア式「手入れ」を行うのに忙しい。官僚も不正行為の片棒を担ぐ。

     ウォール街と違って、ロシアの「敵対的買収」は完全武装で覆面をした警官の登場で始まる。オーナーを脅迫し、会社を乗っ取るために根拠の曖昧な捜査令状を取り、家宅捜索と称して重要書類やコンピューターを押収する。

     このパターンが確立されたのは03年。当時の大統領ウラジーミル・プーチンがロシア最大の石油会社ユコスを解体し、ミハイル・ホドルコフスキー社長以下の幹部らを逮捕して以来のことだ。「プーチンのやり方を見たロシアの官僚たちは、自分たちもまねしていいと考えた」と、ユコスと関係があった弁護士は匿名で語る。

     パストゥホフは、07年にこうした手口を目の当たりにした。顧問をしていたエルミタージュ・キャピタル・マネジメントが警察の捜査を受けたからだ。その直後に、オーナーの名義が勝手に書き換えられ、新たにオーナーとなった犯罪者一味は2億3000万ドル相当の税の還付金を詐取した。元のオーナーが裁判所に不服を申し立てると、警察は逮捕という形で報復した。

     パストゥホフ自身も起訴された。理由は、元オーナーの代理人として不服を申し立てたのは違法だという理不尽なもの。「私は憲法裁判所の裁判長の顧問だが、今のロシアでは当局ににらまれたら最後、どんな肩書も役に立たない」。だからパストゥホフも、さっさとロンドンに逃れた。

     裁判所に不服を申し立てる実業家はほとんどいない。ロシアの裁判所が保釈を認めることはめったになく、99・5%の確率で有罪判決を下す。

    ■野党を支援すると危ない

     多くの亡命者はロンドンを目指す。イギリスは政治絡みで失脚したロシアの財界人を受け入れ、ロシア政府の身柄引き渡し要求をはねつけてきたからだ。プーチンと対立し、01年にロシアを追われた巨大メディアグループの総帥ボリス・ベレゾフスキーもイギリスに逃れた。

     警察の手入れは、たいてい政治絡みだ。狙われやすいのは、経営者が野党系の会社。チチバルキンも、08年末に自由民主主義政党の「右派活動」に入党した後に目を付けられた。反プーチンで改革派の旗手ボリス・ネムツォフに献金していた3人の実業家も、それぞれイスラエル、ロンドン、アメリカに亡命を余儀なくされた。

     プーチン支配下では大企業の受難が続くと、ネムツォフは言う。「残された道は1つ。国外に出て、政権が代わるのを待つしかない」

     犯罪者でさえ、当局の資産乗っ取りを恐れている。「今のロシアでは、財産のある人間は安心して暮らせない」と言うのは、弁護士のアレクサンドル・ドゥブロビンスキー。彼の依頼人で化粧品小売業「アルバート・プレスティージ」のオーナーだったウラジーミル・ネクラソフは、会社を売り渡せという警察の要求を拒否したため、08年に会社を乗っ取られ、逮捕された。

     こうした理不尽な慣行がロシア経済を荒廃させていることは言うまでもない。ロシアの通貨ルーブルを支持するという意思表示のため、モスクワのオフィスの床にユーロ紙幣を敷き詰めたという武勇伝を持つチチバルキンですら、もはや祖国に見切りをつけている。「僕が見たのは、腐敗という氷山の一角にすぎない。今やそれがロシアの発展を阻む大きな障害物になっている」

     プーチンの後を継いだドミトリー・メドベージェフ大統領は、こうした批判に理解を示す。当局の腐敗について報告を受けたメドベージェフは昨年、政府職員による「企業への脅迫行為」を戒め、この国に蔓延する「法律無視の風潮」を厳しく批判している。

     メドベージェフはまた、経済犯に恩赦を与える法律も制定した。だが、いまだにプーチンが首相として居座り権力を振るっている今のロシア政府では、メドベージェフがいくら腐敗を糾弾しても官僚は聞く耳を持たない。

     このままでは、ロシアもイランやキューバや北朝鮮のような人材流出大国になりかねない。亡命世代が戻ってこなければ、プーチンがいくら熱弁を振るっても、「偉大なロシア」構想は実現できないのだが。

    (ニューズウィーク日本版9月1日号掲載)

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