新規登録がまだの方

下の[新規登録]ボタンを押してコミュニティに登録してください。

登録がお済みの方はこちら

コミュ二ティポイントのご案内

詳しく見る

創価学会SGIを本音で語ろう

創価学会SGIを本音で語ろう>掲示板

公開 メンバー数:98人

チャットに入る

サークル内の発言を検索する

サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。

閉じる

  • from: 21世紀さん

    2009年05月06日 23時27分33秒

    icon

    戸田城聖2代会長指導から

    大御本尊様の車引き  戸田先生の指導より

    --------------------------------------------------------------------------------

    もったいなくも、総本山から猊下をおむかえして、ここに第四回の総会を開催できたことは、ひじょうな喜びに耐えないしだいである。
    わたくしは、きょう、創価学会の使命について、この機会に少し述べたいと思う。

    日蓮大聖人様から六百年余年、法燈連綿(ほうとうれんめん)と正しく続いた宗教が、日蓮正宗である。もっとも完全無欠な仏法が、日蓮正宗なのである。
    この仏法こそ、わたくしたちを、真に幸福に導いてくれる宗教であることを、わたくしたちは、日夜、身をもって体験しているのである。

    世界の文化がいくら発達しても、国と国とのもつ間柄が、道徳を無視して、実力と権力闘争の世界では、決して人類の真の幸福はない。不幸にして、原子爆弾による戦争がおこったならば、世界の民族は、崩壊の道をたどる以外にない。
    この時に、日本国に厳然として存在している、人類破滅を阻止しうる偉大な宗教が、日蓮大聖人様によって、与えられているのであると確信する。

    毎朝、御観念文に拝することのできるのは、誠にもったいないしだいである。
    われわれは、日蓮大聖人様の家来であり、子であり、弟子なのである。
    そして、宇宙の仏様であらされる大聖人様の家来、子、弟子となれることは、人生の大因縁なのである。
    しかも、開示悟入(かいじごにゅう)の大聖人様の因縁である。
    大聖人様のご出世は、われわれのごとき無智な悪人に、大御本尊様を拝ましてやるという一大事因縁なのである。ゆえに、

    大聖人様の教えに随順(ずいじゅん)して、世に最高唯一の大御本尊様を子として、弟子として、家来として拝することは、無上の大果報である。

    ゆえに、世人にさきだって、この因縁を知りえたわれわれは、御本尊様の功徳を、悩める衆生につたえる使命をもっている。われも拝(おが)み、人にも拝ませるようにつとめ、善きにつけ、悪しきにつけ、世のなかがいになろうとも、世界人類の幸福のために、自分も拝み、他にも拝ませなければならない。

    わたくしたちは、無智な人々をみちびく車屋である。

    迷っている人があれば車にのせて、大御本尊様の御もとに案内して行くのが、学会唯一の使命である。

    宝の山にはいって、宝をとるかとらないかは、その人の信心の結果であって、ただ宝の山たる大御本尊様へ案内するのが、われわれ学会の尊い使命なのである。


    宗教によって名誉を欲するのではない。
    まして、新興の宗教屋ごとき金もうけを目的とするものではないことなど、いまさら申し上げるまでもない。
    ただ目前のご利益を望み、真の大聖人様の功徳を知りえないならば、まことに不覚といわなければ為らない。最近にいたって、百人にもおよぶ指導員ができて、ともに同志として、広宣流布に邁進(まいしん)できることになっとことを、まことに喜ばしく思っているしだいである。

    昭和24年10月24日
    創価学会第四回総会
    東京教育会館

    • サークルで活動するには参加が必要です。
      「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
      ※参加を制限しているサークルもあります。

      閉じる

    • 31
    • サークルで活動するには参加が必要です。
      「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
      ※参加を制限しているサークルもあります。

      閉じる

    • 2

    icon拍手者リスト

コメント: 全31件

from: 21世紀さん

2009年05月31日 09時29分04秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
二座の観念文  福十号について  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

【問】二座の観念文の福十号に過(す)ぐの意味について

【答】これは法華経の中で仏の功徳を説いたものですが、
このことは二座の御観念文を拝すれば次のように為っています。

①「本門寿量品の肝心」
とは、釈尊出世の本懐は法華経の寿量品ですが、ここでは仏は永遠の生命を説きあらわすのです。
釈尊は五百塵点劫に仏になりと説くが、日蓮大聖人様のお悟りはさらに深く「働かさずつくろわず」とおおせられており、日蓮大聖人様は下種の仏であり、ゆえに寿量品の肝心は「南無妙法蓮華経」であります。
そして、まだ説かざる仏法をお説き出しになるのですから、
②「文底秘沈」
の大仏法であり、仏様の本地は何かわからないゆえに
③「本地難思」
であり、その智は宇宙のいっさいに通達し、われわれが、御本尊を対境として信ずれば智慧がわき、
④「境智冥合」
してこそ、初めていっさいの悩みを解決することができるのです。
⑤「久遠元初」
すなわち宇宙はじまって以来の、
⑥「自受用報身如来の御当体」
とは、われわれの生命は、そのまま存在するものであり、だれからも左右されるものではない、その生命そのままの日蓮大聖人様こそ、末法の本仏であります。
⑦「十界本有常住」
とは、われわれのだれの心も十界互具である、ゆえにいかなる悩み、願いでも大御本尊に通ずる、決して別のものではない、ゆえにわれわれの悩みが感応し、また願いがかなうのであります。
⑧「事の一念三千」
とは御本尊、法即人即日蓮大聖人様、
⑨「人法一箇」
とは人は日蓮大聖人、法は御本尊、法即人です。
⑩「独一本門戒壇」
とは釈尊の法華経二十八品とは、天地の相違があります。日蓮大聖人の法が顕われれば、釈尊の本迹ともに迹門であり、日蓮大聖人様の法華経をもって独一門となし、いっさいのものの中でこれに過ぎたるものはないのです。以上が十号であります。


質問会集より

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月29日 16時31分06秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
創価学会の歴史と確信・6  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

すなわち戒壇さえ建立すれば、広宣流布が完成したように簡単に考えている。たとえば、いまのごとき弱小の日蓮正宗教団に、国立(本門)の戒壇が建ったとして、どんな結果が生ずるのか。
一国の謗法が御本尊のありがたさを知らない現代では、どんなことになるであろうか。
日本国の謗法者は、国立(本門)戒壇を一個の名物がふえたぐらいに考えるにすぎないのではないか。国立(本門)戒壇にご参詣にきて、邪宗の札と同じ考えで御本尊のお下げわたしを願って、みながそまつにしたならば、一国に起る難事はどんなものであろうか。思いなかばにすぐるものがある。

御僧侶のなかには、また次のごとく言うであろう。「めったやたらに本尊はお下げしない」と。とんでもないことである。寺を建てたが、本尊を下げ渡さないというならば、寺は建ったが、なんのはたらきもしない。ただ坊主の寝床をつくったにすぎないことになる。広宣流布とは寺を建てるとかいうことではなくて、結論においては、正法が流布して中心がきまらなければならなくなって、寺が建つことになる。
目を開いて一期弘法付嘱書を拝読背よ。「本門弘通の大導師たるべきなり」との御おおせは大切なことである。まず、戒壇建立にいたるまえに、御開山日興上人の御おおせでおり活動して時を待てとの御事である。
日興上人のおおせに、「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(御書全集1618ページ)と。されば日蓮大聖人の末弟をもって任じ、かつ前述のごとく位高き位置にあることを自覚した大菩薩たちは、まず「本尊」の流布を、身命を捨ててなさなきればならぬことは決定的である。
一国に大御本尊が流布したなら、自然に当然の帰結として戒壇の建立ができるので、戒壇建立ばかり口にして折伏もせず、正法の流布に身命を捨てえない坊主は、実に困ったものである。この考えに任せて、学会人は身命を捧げての折伏行をなしていることは、
申すまでも無いことである。しこうして、広宣流布は日本一国のものでないことを学会人は確信するので、全東洋へ大聖人の仏法は広宣流布することを信じてやまず、かつ、これにむかって、大闘争を、活動を開始したのである。
この東洋への広宣流布は、御本仏を絶対に信じまいらせて、はじめて生ずるもので、一大信心のうえに立たなくては、たんなる空論とより聞こえないであろう。
顕仏未来記に、大聖人の御おおせには、「仏法必ず東土の日本より出づべきなり」(御書全集508ページ)と。
これは、大聖人の仏法が未来の仏法であるとの金言であらせられる。
また諫暁八幡抄にいわく、「天竺国をば月氏国と申すは仏の出現し給うべき名なり、扶桑国をば日本国と申すあに聖人出で給わざらむ、月は西より東に向かへり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり、月は光あきらかならず在世は但八年なり、日は光明・月に勝れり五五百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり」(御書全集508ページ)と。
また顕仏未来記にいわく、
「但し五天竺並びに漢土等にも法華経の行者之有るか如何、答えて云わく四天下の中に全く二の日無し四海の内豈両主有らんや、疑って云わく何を以て是くの如し正像には西より東に向かい末法には東より西に往く」(御書全集508ページ)と。
以上の御抄に拝するがごとく、インドの仏教が東へとわたったように、インド、中国へとわたるのである。今日末法に、大聖人の仏法が完全に日本に建立せられた以上は、この日本に建立せられた末法の仏法は、大聖人を御本仏とあおいで、朝鮮へ、中国へ、インドへと、西に向かって発展し、全東洋の民衆を救うので、創価学会は絶対に是を信ずるとともに、この信念にむかって、活動を開始してきたのである。
全東洋へと大聖人の仏法の進出するときは、日本一国の広宣流布は問題ではなく、かならず到達することで、戒壇の建立も、そのときは当然のこととして現出するもので、一国民衆の尊崇をうけるのであることはいうまでもない。
わが学会は、かかるめでたきときに際会したのであるから、不自借身命の大願をたてて、ここに大折伏を強行するの一大確信に立ち、生きた喜びを感じて、成仏の道を直行するは、何たる幸福であろうか。
かかる大事のときなれば、四菩薩ご出現はまた絶対に疑うべきではなく、ご棟梁として日目上人様がご出生か。仏智にあらずば、これを知るにあたわずといえども、末の末の末弟たる学会員は、ご老齢の身をひっさげて大折伏の途上、お倒れあそばした日目上人のご命を命として、宗開両祖にむくいたてまつらんとしなければ、成仏はかないがたしと知らなければならない。
されば御僧侶を尊び、悪侶をいましめ、悪坊主を破り、宗団を外敵より守って、僧俗一体たらんと願い、日蓮正宗教団を命がけで守らなくては為らぬ。願わくは御僧侶におかれては、学会のこの確信をめでられ、悪侶をのぞいて教団を清め、われわれ学会人の闘争の指揮をとって外敵を伏し、宗開両祖にむくいんことを、こいねがわれんことを。

楠正成が尽忠の志あるにかかわらず、愚迷の大宮人藤原忠清あって湊河原に死出の旅路にたったことは、あまりに有名であるが、ただ願わくは賢明な僧侶あられて、創価学会の同志を湊河原に死なせず、藤原藤房、末房の賢慮を用い、玉輦(ぎょくれん)を兵庫の道にむかえたてまつりし正成のよろこびをなさしめんことを切願するものである。この僧俗の立場にあって、愚迷は僧侶を尊び、僧侶は信者を愛し、たがいに嫉妬することなく、大聖人の教えを奉じ、遠く東洋三国に、本尊の流布せられん日を、大御本尊に祈るものである。

昭和二十六年八月十日
論文 

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月29日 16時27分47秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
創価学会の歴史と確信・5  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

それに日本民族の苦悩は立正安国論に拝するがごとくで、じつに悲惨きわまるものであった。

立正安国論より拝してたてまつる日本の実情を大聖人のおおせには、「近年来の天変、地夭、飢饉、疫病は日本中であって、この天文上の変動、食糧の大不足、かつ、そのうえに疫病は流行して、苦しまないものはない。牛や馬は地上に死骸となっており、死人の骨は、どこの道路にもいっぱいである。死人多いことおびただしく、生きておっても、たえず死の脅迫のおそれないものはない」(趣意)と。

じつに全東洋民衆の困苦のきわみのすがたは、また日本民衆のすがたであった。
このとき、末法の御本仏は「南無妙法蓮華経」の御本尊とあらわれて、日本民衆および全世界の民衆を救う礎を、たてられたのであった。なんとありがたいことであり、感謝の極致ではないか。しかるに、全民衆は、この御本仏にたいして、いかなる礼をとったか。
御本仏日蓮大聖人は、末法の愚痴の全民衆を救わんがため、大御本尊を樹立して、これをさずけくださる完全なる準備をなさったのであるにもかかわらず、謗法の日本民衆は、
大聖人の絶大なるご慈悲に浴そうとはしないのみか、憎み、軽んじ、追い出し、流罪したのである。
もったいないきわみではないか。

しかし、威力ある御本仏の出現は、「南無妙法蓮華経」の声が全国に渡った事実は、りっぱな救世主の証拠ではないか。かくのごとく、法体の広宣流布は完全になりたたれたのであるが、いまだ、御本尊の流布も、戒檀建立も、後の末弟に残された問題であった。日蓮門下七百年の願望は、日興上人にたまわった一期弘法付嘱書(御書全集1600ページ)のごとく、本門寺の戒壇建立である。
「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり、国主此の法を建てられるならば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と云うは是なり、就中我が門弟此の状を守るべきなり。
   弘安五年 壬午九月 日

             日蓮在御判    
             血脈の次第 日蓮日興」

御おおせにあきらかなごとく、三大秘法の戒壇建立は、
日蓮門下一同の大願である。
これを三代秘法抄と照らし合わせて、勅宣ならびに御教書(みきょうしょ)を申しくだしのおことばのみ心をとられて、広宣流布と戒壇建立とを逆に考えている者がある。

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月29日 16時26分35秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
創価学会の歴史と確信・4  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

私は学会の総意を大聖人の御命令と確信し、矢島理事長の辞任とともに、会の組織をあらため、折伏の大行進の命を発したのである。ここにおいて、学会は発迹顕本したのである。顧みれば、昭和十八年の春ごとから、故会長が、
学会は「発迹顕本しなくてはならぬ」と口グセに仰せになっておられた。われわれは、学会が「発迹顕本」するということは、どんなことかと、迷ったのであった。
故会長は、学会は発迹顕本しなくてはならんと、この発迹顕本の実事をあらわさないことは、われわれが悪いように言うのであった。みなは私同様、ただとまどうだけで、どうすることも出来なかった。

昭和二十年七月、出獄の日を期して、私はまず故会長に、かく、答えることができるようになったのであった。
「われわれの生命は永遠である。無始無終である。われわれは末法に七文字の法華経を流布するべき大任をおびて、出現したことを自覚いたしました。この境地にまかせて、われわれの位を判ずるならば、われわれは地涌の菩薩であります」と。
この自覚は会員諸氏のなかに浸透してきたのであったが、いまだ学会自体の発迹顕本とはいえないので、ただ各人の自覚の問題に属することにすぎない。しかるに、今度は学会総体に偉大な自覚が生じ、偉大なる確信に立って活動を開始し、次のごとく、牧口会長にこたえることができたのである。
「教相面すなわち外用のすがたにおいては、われわれは地涌の菩薩であるが、その信心においては、日蓮大聖人の眷属であり、末弟子である。三世十方の仏菩薩の前であろうと、地獄の底に暮らそうと、声高らかに大御本尊に七文字の法華経を読誦したてまつり、胸にかかげたる大御本尊を唯一の誇りとする。
しこうして、日蓮大聖人のお教えを身をもってうけたまわり、忠順に自行化他にわたる七文字の法華経を身をもって読みたてまつり、いっさいの邪宗を破って、かならずや東洋への広宣流布の使徒として、私どもは、故会長の意志をついで、大御本尊の御前において死なんのみであります」

この確信が学会の中心思想で、いまや学会に瀰漫(びまん)しつつある。
これこそ発迹顕本であるまいか。この確信に立ち、
学会においては、広宣流布大願の「曼荼羅」を、
六十四世水谷日昇上人にお願い申し上げ、法主上人におかせられては、学会の決意を嘉(よ)みせられて、広宣流布大願の大御本尊のお下げわたしをいただいたのである。

七月十八日、入仏式をいとなみ、七月二十二日、学会全体の奉戴式が九段一口坂の家政女学院の講堂に、法主上人、堀御隠尊猊下、堀米尊能師ほか数名の御尊師のご臨席をあおぎ、学会の精兵は集いよって壮大にいとなまれたのである。

発迹顕本せる学会は大聖人のお声のままに大大活動にはいったのであるが、前途多難はまた覚悟のうえであるが、われわれがいかに位が高いかを確信すれば、ものの数ではないのである。
すなわち、われら学会人の位は、大聖人より次のごとく評されている。

「此の人は但(ただ)四味三教の極位(ごくい)並びに爾前の円人に超過するのみに非ず将た又真言等の諸宗の元祖・畏(い)・厳(ごん)・恩・蔵・宣・摩・導等に勝出(しょうしゅつ)すること百千万億倍なり、
請(こ)う国中の諸人我が末弟等を軽ずる事勿れ進んで過去を尋ねれば八十万億劫に供養せし大菩薩なり豈熙連一恒(あにきれんいちごう)の者に非ずや退いて未来を論ずれば八十年の布施に超過して五十の功徳を備う可し天子の襁褓(むつき)に纏(まと)われ大竜の始めて生ずるが如し蔑如(べつじょ)すること勿(なか)れ蔑如(べつじょ)すること勿(なか)れ」(四信五品抄御書全集342ページ)と。
この御真文を拝しえた学会人は、偉大な自覚に立ち、東洋への広宣流布を大願としたのである。
しかも、立宗七百年を迎うるにあたり、一大決意のうえ、実践運動にとりかかった会員は勇気に満ちみち、一糸乱れざる
統帥のもとに、厳たる組織のうえに、足並みそろえて大折伏に行進しだしたのである。創価学会のごとき団体が、過去七百年の間に、どこにあったであろうか。各理事、各部長の勇敢なる闘争心、続く負けじ魂の各会員、講義に、折伏に、火の玉のごとき状態である。
時は当に来たれり。大折伏の時は、まさに来たれり。
一国広宣流布の時は、まさに来たれり。いな、いな、東洋への流布の時が来たのである。

しずかに日蓮大聖人が立宗より大御本尊確立までの、東洋および日本のすがたを注視せよ。
蒙古は宋の国を滅ぼしつつ東洋の平定にかかり、ついに、
弘安二年に宋の国は滅びてしまったのである。
その以前に東洋の諸国は併呑(へいどん)せられて日本のみが残ったのは、御本仏出現の奇しき縁(えにし)のためか。
その日本も、歴史的に調べてみるならば、元の総国力をあげて撃ったなら、風前の灯(ともしび)であったのは寒心のいたりである。
しこうして、全東洋は戦禍(せんか)のために民衆は苦悩の極致にたちいたったのは、今日の東洋の状態に、よく似ているのであった。
かつ、日本の民衆が、たえず蒙古襲来に脅えていた姿は、
今日の日本民衆が原子爆弾におびえきっているのと同様である。

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月29日 16時24分10秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
創価学会の歴史と確信・3  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

また自分は文底独一の教理を説いていると深く信じているが、教本には文上の法華経を用いている。この二つの罪は、御本仏の許すべからざるものである。
私は大難をうけたのである。立つべき秋(とき)に立たず、つくべき位置につかず、釈迦文上の法華経をもてあそぶ者として、大謗法の罪に私は問われたのである。ありがたや、死して無間地獄うたがいなき身が、御本尊の功徳はありがたく、現世に気づくことができたのである。
私は、悩みに悩みとおしたのである。理事長の位置を矢島氏にゆずり、敢然と悩みのなかに突入したのであった。「転重軽受法門」のありがたさ、「兄弟抄」の三障四魔のおことばのありがたさに、泣きぬれたのであった。
兄弟抄の御おおせには、
「其の上摩訶止観の第五の巻の一念三千は今一重立ち入たる法門ぞかし、此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競わずは正法と知るべからず、第五の巻に云く『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏(おそれ)る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ』等云々、
此の釈は日蓮が身に当るのみならず門家の明鏡なり謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ」(御書全集1087ページ)

以上の法門を身に読ましていただいた私は、このたびは路上において「霊山一会の大衆儼然(げんねん)として未だ散らず」して、私の身のなかに、永遠のすがたでましますことと、拝んだのであった。私は歓喜にもえたのである。私は証のありしだい敢然立つことを決意したのである。
(昭和二十六年七月十日)



(下)
私は、創価学会の理事長を、学会創立以来つとめてきたのである。私と故牧口会長とは、影の形に添うごとくで、私自身が生まれてきたのは、学会の理事長になるためのようであり、故牧口会長と生死をともにするためであったと考えられる。
それであるにもかかわらず、私は創価学会の会長になることは、ほんとうにいやでいやでならなかったのであった。
先生に万一のことがあったとき、会長の位置が当然、私に来ることを畏れたのである。

私は、まず、第一回の試みとして寺坂氏を教育し、次代会長の貫禄をつけんと努力したのである。しかし、彼は小才子にすぎず、牧口会長の口マネのみをして、学会内に勢力をうることのみ腐心し、ついには学会を二分しようとする機運にまで立ち至らしめたのであった。しかも、彼は法罰をうけ、故牧口会長を窮地におとしいれんとするの事件を起こしたのであった。
やむなく私は、事件の収拾に立ち、故稲葉氏ら三十余名の財務部員総意のもとに、行政面に牧口会長の権力を強化し、彼から幹部をうしなわめて、ようやくことなきをえたのであるが、彼を次代会長とする計画は失敗に終わったのであった。
しかし、次代会長の養成は、絶えず私の脳裏を去らなかったのである。
その後、現在の中野支部長・神尾氏に目をつけて、牧口会長に進言し、教育を願ったのである。しかし、昭和十八年のアラシにおいて、ひとまず、その考えを捨てなければならなくなったのは、氏の夫人の信心の力にも関係し、氏自身の生命力にも関係することであった。氏はふたたび一兵卒として再出発をなし、将来を期することになっているのである。
それと同時のころ、野島君が信心第一の境地に立ち、その心境の進展に珍しきものがあって、私をひじょうによろこばせたのであった。
故会長と相談の結果、副理事長として私の実権をゆずり、昭和十八年の秋の総会に理事長に就任することに内定していたのであったが、昭和十八年のアラシに、惜しくも大退転をなし、私は不思議を感ぜざるをえないのである。
同氏はいま、ほそぼそと信心を回復しつつあるといえ、とうていわれわれ同志の千万分の一にもおよばぬ状態であるがためか、わが同志を嫉妬するはおもしろいことである。
仏道を志す者は数多いが、仏道を成ずる者はまれであると、大聖人の御遺文にうけたまわるのであるが、これも同じ道理ではないか。
かかる二代会長の養成の失敗は、私自身以外に二代の会長たりうる者がないためなのか、はたまた私自身が自覚せねばならぬ宿業のゆえか、またまた不思議を感ずる意外はないのである。

昭和二十年、名誉の出獄の後、創価学会の再建運動にかかり、ついに今日にみるごとき大幹部、および青年同志の集いとなったのであるが、私はいまだ会長たる自覚に立たず、理事長のイスにしがみつき、会長がどこからかあらわれぬかと、頼めぬ頼みを唯一の空頼みとしていたのであった。
いくどとなく会長たるべく、和泉筆頭理事、柏原理事などよりすすめられたのであったが、私は固辞して受けなかったのは前述の理由であった。
なぜ、こんなに、私は会長たることをいやがっ他のであろうか。私自身、理解できない境地であった。いまにしてこれを考えると、もっともなことであるとも思われる。
創価学会の使命は、じつに重大であって、創価学会の誕生には深い深い意義があったのである。
ゆえに、絶対の確信のある者でなければ、その位置にはつけないので、私にその確信なく、なんとなく恐れをいだいたものにちがいない。
牧口会長のあの確信を想起背よ。絶対の確信に立たれていたではないか。あの太平洋戦争のころ、腰抜け坊主が国家に迎合しようとしているとき、一国の隆昌のためには、国家諫暁よりないとして、「日蓮正宗をつぶしても国家諫暁をなして日本民衆を救い、宗祖の志をつがなくてはならぬ」と厳然たる命令をくだされたことを思い出すなら、先生の確信のほどがしのばれるのである。
いまの私の不肖にして、いまだ絶対の確信はなしといえども、大聖人が御出現のおすがたをつくづく拝してたてまつり、一大信心に立って、この愚鈍の身をただ御本尊に捧げ奉るという一法のみによって、会長の位置につかんと決意したのである。
この決意の根本は前に述べたごとく、深い大御本尊のご慈悲をうけたことによる以外に、なにもないのである。
この決意をもらすや、理事長矢島氏はじめ和泉、森田、馬場、柏原、原島、小泉、辻などの幹部、および青年部諸氏の会長推戴の運動となって、五月三日、私は会長に就任したのであった。

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月29日 16時22分55秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
創価学会の歴史と確信・2  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

(つづき)
私は、まず大法流布に自重して時を待った。そしてまず、法華経の哲学を説いたのであった。これがまた大謗法になることは、後において実証せられたのであるが、自分としては再建の第一歩であったのである。そのとき、まず、創価学会員のうち六名の諸氏が、駆けつけたのであった。それ以後、日蓮正宗の教義および、大御本尊の偉大な法力・仏力を再教育し、いかなる難に出会うとも、退転することなき強き信念を植え付け、信心の正しきありかたを教え、折伏こそ大聖人の御意志であることを知らしめたのである。

昭和二十一年の秋には、創価学会の再建はひとまず諸についたかたちとなったが、いまだ人材はそろわず、信力弱く、学力は低く、とうてい一国広宣流布の大旗は掲げられなかったのである。ゆえに、折伏行を第一義の訓練にはいり、初信者をただお寺へ案内するだけの弱い折伏の姿であった。
第四回の総会に私がいいました如くである。今一度、そのときのことばを引用するが、いまだ大確信のこもったものでないことは、読者にはよくわかることと思う。

日蓮大聖人様から六百年余年、法燈連綿と正しくつづいた宗教が日蓮正宗である。もっとも完全無欠な仏法が正宗なのである。
この仏法こそ、私達を真に幸福にみちびいてくれる宗教であることを、私たちは日夜身をもって体験しているのである。世界の文化がいくら発達しても、国と国とのもつ間柄が道徳を無視して、実力と権力闘争の世界では、けっして人類の真の幸福は無い。不幸にして原子爆弾による戦争が起ったならば、世界の民族は崩壊の道をたどる以外ない。このときに日本国に厳然として存在している人類の破滅を阻止しうる偉大な宗教が、日蓮大聖人によって与えられているのであると確信する。
毎朝、御観念文に拝するごとく、主師親の三徳をそなえられていらっしゃる大聖人を、われわれごとき者が拝することのできるのは、真にもったいないしだいである。われわれは大聖人の家来であり、子であり、弟子なのである。そして宇宙の仏様であらせられる大聖人の家来、子、弟子となれることは人生の大因縁なのである。しかも開示悟入の大聖人の因縁である。
大聖人の御出世は、われわれごとき無知な悪人に大御本尊を拝ませてやるという一大因縁なのである。ゆえに、大聖人の教えに随順して、世に最高唯一の大御本尊様を子として、弟子として家来として拝することは、無上の大果報である。
ゆえに、世人に先だってこの因縁を知りえたわれわれは、御本尊様の功徳を悩める衆生につたえる使命をもっている。
われも拝み、人にも拝ませるようにつとめ、善きにつけ、悪しきにつけ、世のなかがいかになろうとも、世界人類の幸福のために、自分も拝み、他にも拝ませなければならない。
私達は無知な人々をみちびく車屋である。迷っている人があれば車に乗せて大御本尊様の御もとへ案内していくのが、学会の唯一の使命である。
宝の山にはいって宝をとるかとらないかは、その人の信心の結果であって、ただ宝の山たる大御本尊様へ案内するのが、われわれ学会の尊い使命なのである。
宗教によって名誉を欲するのではない。まして新興の宗教屋のごとき金もうけを目的とするものでないことなど、いまさら申し上げるまでも無い。
ただ目前のご利益を望み、真の大聖人の功徳を知りえないならば、まことに不覚といわなければならない。
最近にいたって、百人にもおよぶ指導員ができて、ともに同志として、広宣流布に邁進できることになったのは、まことによろこばしく思っているしだいである。

以上のように、学会活動は消極的であったことは、いなまれないのである。しかるに、日本の国は滅びかけている。日本の民衆は、悩みに悩んでいる。学会は当然、立たなければならないのである。
学会再発足のとき、立正佼成会も同じく小さな教団として、やっと息をついていたのは、自分達のよく知っているところである。しかるに、七か年の時を経過して、かれは大なる教団となって邪教の臭気を世にばらまいている。

大聖人の真の仏法を奉持して邪宗ののさばるにまかせているのは、だれの罪かと私は自問した。「これは創価学会を率いる者の罪である」と自答せざるおえないのである。

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月29日 16時21分10秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
創価学会の歴史と確信・1  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

(上)
創価学会が、初代会長牧口常三郎先生に率いられて、大法弘通のためにたたれたときは、罰ということを正宗信者が忘れていたときである。牧口先生は罰論をもって大法を弘通せんとし、内外にこれを説いて、あらゆる難にあったのである。罰論を説くのは、日蓮正宗の教義に背く者として攻撃した僧侶すらあったのである。牧口先生は、敢然として法罰の恐ろしさ、法罰厳然たるを説いてゆずらずして、ご一生を終わったのである。
「御本尊様は偉大な力がおありになる。罰なくして大利益があるわけがない。子を叱る力のない父が、子に幸福を与えられない。御本尊様をじっと拝んでみよ。「若し悩乱せん者は頭七分に破れん」との御本尊様のおおせが聞こえないか。御本尊様が罰をおおせではないか」、とは先生の持論で、私も先生の持論は正しいと思う。之に反対する者は、大御本尊様の威力を信じないものであり、これこそ釈迦仏法のやさしい慈悲のすがたのみをあこがれる文上仏法のやらかしで、日蓮正宗の正流ではない。

私もかさねてこれをいうが、御本尊の向かって右の御かたらわに「若し悩乱せん者は頭七分に破れん」としたためられている。これが、罰論でなくてなんであろう。向かって左の御かたらわを拝せば「供養することを有らん者は福十号に過ぎん」と、これはご利益をくださるとの御おおせではないか。

利益と罰は、われわれ日常の真実の生活であり、価値生活の全体である。この尊いことを忘れておって、牧口先生が之を説くや、おどろきあわてた連中のすがたは、いま思い出してもこっけいのきわみである。そして、いまごろになってむかしから知っていたような顔をしている悪侶もあるのにはおどろくのである。今日にいたって、なお、これを思い出さない愚侶もいるのには、おどろくというより無知を悲しむものである。

聖人御難事に大聖人の御おおせにいわく、
「過去現在の末法の法華経の行者を軽賤する王臣万民始めは事なきようにて終にはろびざるは候はず」(御書全集1190ページ)
大法に背く者に厳然と罰ありとの御聖訓ではないか。だれが、これを否定いたしましょうぞ。
否定することは謗法であり、悪人、愚人の証明となるのではないか。また、
大聖人の御おおせには「大田の親昌・長崎次郎兵衛の尉時綱・大進房が落馬等は法華経の罰のあらわるるか、罰は総罰・別罰・顕罰・冥罰・四候、日本国の大疫病と大飢渇(けかち)と同士討ちと他国よりせめらるるは総罰なり、疫病(やくびょう)は冥罰なり、大田等は現罰なり別ばちなり、各々獅子王の心を取り出だして・いかに人をおどすともをづる事なかれ」(御書全集1190ページ)と。牧口先生は、この御抄のお心を心として、おどしもおじず、おどろかず、法罰を説いて内外の難をこうむったのである。

時あたかも、わが国は太平洋戦争に直面し、国をあげて修羅のちまたに突入したのである。牧口会長は、この大戦争の間に、強く大聖人の御精神を奉戴(ほうたい)して、国家の悪思想たる天照大神を拝むということに対立したのであった。時の軍部は、蒙古襲来のとき、神風が天照大神によって吹いたと言う歴史にだまされていたのであった。
国家が謗法の行為をなすことを知らず、大聖人の教えを聞こうとせず、語ろうともせず、かつ、御本仏大聖人の祈りによって神風が吹いたことは、知らなかったのである。米国はデューイの哲学により、日本の軍部は低級な邪義である神道論によって、一国の精神統一を図った。勝敗は物量だけの問題でなく、すでにこのことによって定まっていたのである。かれらが敗戦とともに、狂人的になることは、どうすることもできないことであった。
高級な仏教哲学は、敗戦すべきことを教えていたのであるが、そのたいせつな教理である大聖人の御遺文すら焼き捨てようとかかったのである。軍部の偉大なる権力は狂人に刃物で、民衆はおどされるままにふるえあがって、バカのように天照大神の神札を拝むことは、正宗の精神に反すると、きびしく会員に命ぜられたのである。

日本の国は、軍部にひきずられて妙な考え方になっていた。国内が思想的に乱れるのを恐れ、宗教の統一を図ろうとくわだてた。天照大神を拝んで神風を吹かしてもらうと言い出したのである。天照大神を拝まないものは国賊であり、反戦思想であるとしていた。日本始まって以来、初めて国をあげて天照大神への信心である。

天照大神とて、法華経守護の神である。法華経に祈ってこそ天照大神も功力をあらわすのである。しかるに、文底独一の法華経を拝まず、天照大神だけを祈るがゆえに、天照大神の札には魔が住んで、祈りは宿らず、一国を狂人としたのである。しかも、
御開山日興上人は御遺文にいわく「檀那の社参物詣を禁ず可し」
とおおせである。
この精神にもとづいて牧口会長は「国を救うのは日蓮大聖人のご真意たる大御本尊の流布以外にはない。天照大神を祈って、何で国を救えるものか」と強く強く言いだされたのである。

当時、御本山においても、牧口会長の、宗祖および御開山のおきに忠順に、どこまでも、一国も一家も個人も、大聖の教義に背けば罰があたるとの態度に恐れたのである。信者が、忠順に神棚をまつらなければ、軍部からどんな迫害がくるかと、御本山すら恐れだしたようである。

昭和十八年六月に学会の幹部は登山を命じられ、「神札」を一応は受けられるように会員に命ずるようにしてはどうかと、二上人立ち会いのうえ渡辺慈海師より申し渡さた。御開山上人の御遺文にいわく、「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構え之を用う可からざる事」この精神においてか、牧口会長は、神札は絶対に受けませんと申し上げて、下山したのであった。しこうして、その途中、私に述懐して言わるるには、「一宗が滅びることではない、一国が滅びることを、嘆くのである。宗祖聖人のお悲しみを、恐れるのである。いまこそ、国家諫暁(かんぎょう)の時ではないか。ないを恐れているのか知らん」と。まことに大聖人の御金言は恐るべく、権力は恐るべきものではない。牧口会長の烈々たるこの気迫ありといえども、狂人の軍部は、ついに罪なくして罪人として、ただ天照大神をまつらぬという「とが」で、学会の幹部二十一名が投獄されたのである。このとき、信者一同のおどろき、あわてかた、御本山一統のあわてぶり、あとで聞くもおかしく、見るも恥ずかしきしだいであった。
牧口、戸田の一門は登山を禁ぜられ、世をあげて国賊の家とののしられたのは、時とはいえ、こっけいな者である。また、投獄された者どもも、あわれであった。事業のつぶれる者、借金取りにせめられる者、収入の道なく食えなくなる者等続出して、あとに残った家族も、悲嘆にくれたのである。このゆえに、まず家族が退転しだした。疑いだした。これは、確信でなく、教学に暗いゆえであった。投獄せられた者も、だんだんと退転してきた。
いくじのない者どもである。勇なく、信が弱く、大聖人を御本仏と知らぬ悲しさである。名誉ある法難にあい、御仏のおめがねにかないながら、名誉ある位置を自覚しない者どもは退転したのである。大幹部たる二十一名のうち十九名まで退転したのである。
会長牧口常三郎、理事長戸田城聖、理事矢島周平の三人だけが、ようやくその位置に踏みとどまったのである。いかに正法を信ずることは、難いものであろうか。

会長牧口常三郎先生は、昭和十九年十一月十八日、この名誉の位置を誇りながら栄養失調のため、ついに牢死したのであった。

私は牧口会長の死を知らなかった。
昭和十八年の秋、警視庁で別れを告げたきり、たがいに三畳一間の独房に別れ別れの生活であったからである。二十歳の年より師弟の縁を結び、親子も過ぎた深い仲である。毎日、独房のなかで、「私はまだ若い。先生は七十五歳でいられる。どうか罪は私一人に集まって、先生は一日も早く帰られますように」と大御本尊に祈ったのである。
牧口先生の先業(せんごう)の法華経誹謗の罪は深く、仏勅のほどはきびしかったのでありましょう。昭和二十年一月八日、投獄以来一年有半に、「牧口は死んだよ」と、ただ一声を聞いたのであった。
独房に帰った私は、ただ涙に泣きぬれたのであった。

ちょうど、牧口先生の亡くなったころ、私は二百万べんの題目も近くなって、不可思議の境涯を、御本仏の慈悲によって体得したのであった。その後、取調べと唱題と、読めなかった法華経が読めるようになった法悦とで毎日暮らしたのであった。
その取調べにたいして、同志が、みな退転しつつあることを知ったのであった。歯をかみ締めるような情けなさ。心のなかからこみ上げてくる大御本尊のありがたさ。私は一生の命を御仏にささげる決意をしたのであった。敗戦末期の様相は牢獄のなかまでひびいてくる。食えないで苦しんでいる妻子の姿が目にうつる。私は、ただ大御本尊様を拝んで聞こえねど聞こえねばならなぬ生命の力を知ったがゆえに、二千べんの唱題のあとには、おのおのに百ぺんの題目を回向しつつ、さけんだのである。
「大御本尊様、私と妻と子との命を納受したまえ。妻や子よ、なんじらは国外の兵の銃剣にたおれるかもしれない。国外の兵に屈辱されるかもしれない。しかし、妙法の信者戸田城聖の妻として、また子と名のり、縁ある者として、霊鷲山会に詣でて、大聖人にお目通りせよ。かならず厚くおもてなしをうけるであろう」
毎日、唱題と祈念と法悦の日はつづけられるとともに、不思議や、判事の私の憎むことを山より高く、海よりも深き実情であった。法罰は厳然として、彼は天台の一念三千の法門の取調べになるや、重大な神経衰弱におちいり、十二月十八日より三月八日まで一行の調書もできず、裁判官を廃業してしまったのである。
牧口先生をいじめ、軽蔑し、私を憎み、あなどり、同志を裏切らせた彼は、裁判官として死刑をうけたのである。阿弥陀教の信者の立場で私ども同志を裁いた彼は、無間地獄まちがいなしと信ずるものである。

不思議は種々につづいたが、結局、七月三日に、私はふたたび娑婆へ開放されたのであった。帰ったときの憤りは、御仏にあらずんば知るあたわざるものがあった。創価学会のすがたはあとかたなく、目にうつる人々は御本尊を疑い、牧口先生を恨み、私を憎んでいるのである。

幹部は、一人となく退転し、強く広宣流布を誓った自分ながら、空爆のあとの焼け野原に立って孤独を感ずるのみであった。

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月29日 16時19分14秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
朝鮮動乱と広宣流布  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

朝鮮民族の生活は、このうえない悲惨な生活で、かれらの身の上におおいかぶさった世界は悪国悪時の世界である。だれが悪いのだろうか。
日蓮大聖人が、かかる民衆の嘆き、世の乱れを嘆いて御おおせには、「円覆(天)を仰いで恨みを呑み方載(地)に附して慮(うらおもい)を深くす」(御書17ページ)といったい、いかなるわけかと悲しみとともに嘆き、嘆きとともにどうしたわけかとお考えになられた。これみな、広宣流布の定義によって解さるべきである。
すなわち、大聖人、立正安国論に、かかる悪国悪時のきたるゆえんを説いていわく

「世皆正に背き人悉(ことごと)く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還りたまわず、是を以って魔来り鬼来り災起り難起る言わずんはある可からず恐れずんばある可からず」(御書全集17ページ)

東洋に仏法おこって三千年、仏教流布して仏天の加護にあった時代は、つねに天下は太平であった。一度仏法をうしない、仏法ありといえども形式的教えで、仏がご出現の一大事の因縁を忘れ、仏教の真髄を知る者一人もない時代の民衆も、みな「正に背き人悉く悪に帰す」の御金言にあたる国で、仏天の加護をうしない、民衆が塗炭(とたん)の苦しみにおちいるのである。

立正安国論にお引きになっている四経の一文、大集経にいわく
「若し国王有って無量世に於いて施戒慧を修すとも我が法の滅せんと見て捨て擁護せんば是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失して其の国当に三の不祥の事有るし、
一には穀貴・二には兵革・三には疫病なり、一切の善神悉く之を捨離せば其の王教令するとも人随従せず常に隣国の侵嬈(しんにょう)する所と為らん、
暴火横に起り悪風雨多く暴水増長して人民を吹漂し内外の親戚其れ共に謀叛せん、其の王久しからずして当に重病に遭い寿終の後・大地獄の中に生ずべし、
乃至王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡守・宰官も亦復た是くの如くならん」(御書全集20ページ)

この文、日本の国にあたり、朝鮮民族にあたりはしないか。
「我が法の滅せんと見て」とは、仏教、真実の仏教が滅するのをみて、国の主権者がのほほんとしてバカな顔をしていれば、三の災難があって、主権者がどんな政令をくだしても民衆はいうことをきかない。「常に隣国の侵嬈(しんにょう)する所と為らん」と。

顧(かえり)みよ、偉大なる仏の慈悲、母の子におぼれた愛情ではない。厳たる父の愛情である。
この理(ことわり)は、また、神が、神自身のなすべきことを怠って、正法を護持しないゆえに、他国の帝釈の諌めをうける仏法の理であって、これは、後に引く諌暁八幡抄にあからかであれえば、吾人はそのときこれを述べるであろう。

「人民を吹漂(ふきただよわ)し内外の親戚其れ共に謀叛(むほん)せん」
と、上は朝鮮の姿を顕著にして、下の文日本に厳然たり、恐るべし、悲しむべしである。
「王の寿(いのち)終わって後は大地獄の中に生まれん」と。またいわく
「夫人も王子も大臣も、その政治の責任者もまた同じ」仏は不妄語の方である。
まさに滅せんをみて捨ておいた王の後生のほどは恐るべしである。
仏の金言に背いて仏をまつらないところから出来(しゅったい)したものである。
邪宗教、低級仏教によって、仏の真意に背く仏罰である。
日蓮大聖人の「世皆正に背き人悉(ことごと)く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還りたまわず、是を以って魔来り鬼来り災起り難起る言わずんはある可からず恐れずんばある可からず」との教えを、再度繰り返して吾人はさけぶのである。

仏には化導の儀式がある。一仏がある時代を化導して、その仏の法が功力をうしなうときには、かならず仏には偉大な慈悲があるゆえに、民衆に第二の出現する仏を予言し、次代の苦悩を救う手段を講ずることになっている。これを相伝といって、この方法をとらぬ仏は、仏といても、実は仏ではないのである。しからば、この末法の法華経の体相はいかん。
「南無妙法蓮華経」の七文字の法華経で、事の一念三千の法門である。
すなわち日蓮大聖人の独一本門の教え、第三の法門である。

悲しいかな、世みなこの正法に背き、悪道に堕ちることよ。
悲しいかな、盲人は天日を見ず、聾者は天雷を聞かず、世みな愚痴の衆生であるがゆえに、真実の日蓮大聖人の教えは、いま日本国に流布している妙法蓮華経とは、似ても非なるものである。
日蓮大聖人のお教えは、独一本門といい、文底秘沈というも、みな一閻浮提総与の三大秘法の大御本尊を根本としたお教えでなくてはならない。この教えは、今日末法においては、富士大石寺にこそあれ、ほかにはないのである。この大白法が、日本に、東洋にと広まらなくては、仏天の如護はないのである。

(後半・略)

昭和二十六年五月十日
論文より

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月27日 00時43分44秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
青年訓  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である。
吾人らは、政治を論じ、教育を勘がうる者ではないが、世界大哲・東洋の救世主・日本出世の末法御本仏たる日蓮大聖人の教えを奉じ、最高唯一の宗教によって、人間革命を行い、人世の苦を救って、各個人の幸福境涯を建設し、ひいては、楽土日本を現出せしめんことを願う者である。

この事業は、過去においては、釈迦の教団が実行し、近くは、日蓮大聖人の教団が、勇ましく戦ったのである。釈迦教団の中心人物たる舎利弗(しゃりほつ)にせよ、阿難にせよ、みな若き学徒であった。
日蓮大聖人の門下もまた、みな若き学徒によって、固められていたのである。日興上人は、大聖人より二十四歳も若く、日朗もまた、二十一歳の年のひらきを持っていた。西より東に向かった仏教も、青年によって伝承せられ、東より西に向かう大聖人の仏法も、青年によって基礎づけられたのである。
吾人らは、この偉大なる青年学徒の教団を尊仰(そんぎょう)し、同じく最高唯一の宗教に従って、人間苦の解決・真の幸福生活確立・日本民族の真の平和・苦に沒在(もつざい)せる東洋の浄土化を、弘宣(ぐせん)せんとする者である。

諸兄らは、この偉大なる過去の青年学徒群と同じ目的、同じ道程にあることを自覚し、これに劣らぬ覚悟がなくてはならぬ。霊鷲山会に、共々座を同じうしたとき、「末法の青年は、だらしがないな」と舎利弗尊者や、大聖人門下の上人方に笑われては、地涌の菩薩の肩書きが泣くことを知らなくてはならない。
奮起せよ!青年諸氏よ。闘おうではないか!青年諸氏よ。

しからば、だれ人と、いかなるいくさを、吾人らは、なすものであろうか。
第一は、無智の者に永遠の生命を教え、日蓮正宗の本尊の絶対無二なる尊貴を知らしめて、功徳の大海に思うがままに遊戯(ゆうげ)する、自在の境涯を会得せしむるために、忍辱(にんにく)のよろいを著(き)、慈悲の利剣をひっさげて戦うのである。
第二は、邪智、邪宗の者に、立正安国論の根本義たる、邪宗、邪義は一切この世のなかの不幸の原因であり、それがために、諸天善神は国を捨て去り、聖人は所を去って、世はみな乱れるなりと教え、邪智、邪宗をひるがえすよう、智慧の鎧を身にまとい、かれらが執着の片意地(かたいじ)を、精進勇気の利剣をもって、断ち切る戦いである。

第三は、衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人が愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境涯を会得する、人間革命の戦いである。

しこうして、吾人はさらに、諸兄らの行動について、望むところをもつものである。
第一に、絶対的確信にみちたる信仰の境地立脚し、信行において微動だにすることなく、唯一無二の御本尊を、主・師・親と仰ぎ、日蓮大聖人と共にいますのありがたさにあふれて、地涌の菩薩の後身(こうしん)を確信することである。

第二に、行学に励み、御書を心肝にそめ、大聖人の仏法に通達して迷いなく、今はいかなる時かを凝視して、大聖人のみ心を心とし、日興上人のご遺誡をわが命(めい)として、努むべきである。

第三に、その行動の態度たるや、真摯にして暴言を用いず、理をつくして指導の任に当たり、威厳と寛容の姿の中に、邪義、邪宗、邪師に対しては、一歩も退かぬ勇気あるべきことである。

第四に、部隊長および班長の命を奉じて、学会精神を会得して、同志の士気を鼓舞し、広宣流布大願の中心人物たることを、自覚されたきことである。しかも、広宣流布の時は近く、日蓮正宗の御本尊流布の機は、今まさにこのときである。
ゆえに、三類の強敵は、まさに現れんとし、三障四魔は勢いを増し、外には邪宗、邪義に憎まれ、内には誹謗の声ようやく高し。驚くことなかれ、この世相を。これは、聖師の金言なり。

されば諸君よ、心を一にして難を乗り越え、同信退転の徒の屍を踏み越えて、末法濁世の法戦に、若き花の若武者として、大聖人の御おぼえにめでたからんと願うべきである。

愚人にほむらるるは、智者の恥辱なり。

大聖にほむるるは、一生の名誉なり。
心して御本尊の馬前に、屍をさらさんことを。

昭和二十六年十一月一日
大白蓮華  巻頭言

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月25日 01時07分02秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
宗教の正邪批判の方法  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

日蓮大聖人いらい、宗教の正邪を決定する理論は、はっきり打ち立てられている。すなわち、文証・理証・現証が、いずれも正しいということが必要である。
文証においては、種々の議論はあろうが、大聖人の所立(しょりゅう)の五重の相対において、明らかにせられていることは、周知の事実である。しかし、理証においては、人各々、我慢を立てて、正しい理論に屈服しようとしない。
されば、各宗各々間違われている文証や、少し仏法の理論を研究した者には、聞いてもおかしいと思われる理論をもって、世人を惑わしている者が大部分を占めている。
それは、現代人に、仏教上の素養が皆無なためである。
相当の知識人と誇る者ごときも、この類(たぐい)に属するものが多い。

吾人が、ある日、宗教関係の役人に「今、日本には、人生を不幸にする宗教が、非常に多い。正邪を正しく批判して、邪宗のものは、これを撲滅するようにしてはどうか」と話したら、
役人いわく「それは、お釈迦様でなければ、わからんでしょうね」と。ああ、これが一般社会の通念なのである。到底、自分らの手では、宗教の正邪は判断できないと、あきらめきっているのである。
正邪がわからないから、宗教はなんでもよいという思想が、生まれてくるのである。

このゆえに、邪義邪宗のやからが、末法の愚人をたぶらかして、かれらの膏血(こうけつ)をしぼり、しかも、その生命力を奪い、不幸のどん底へ、落とし込んでいるのである。ここに「道理証文よりも現証にはすぎず」(御書全集1468ページ)との、宗教批判の根本問題が、考えられてくる。

科学者が、その研究の対象を、感情や利害を離れて、これを静視して科学するがごとく、吾人らも、宗教現象を科学するべきである。統計によって、いかなる無知なものも、宗教の正邪を、はっきりと判定できるはずだ。

宗教というものが、人間生活の幸不幸の根底であることが、判然とするであろう。
また、正しい宗教では、強信な者は幸福となり、その反対の物は不幸になり、邪宗の輩は、その信心の強い者は不幸になり、弱い者はそれほど不幸にならぬことがはっきりするであろう。
しかし、一般大衆は、これほどの科学的な意識がなくても、なんとはなしに、この結論を感得(かんとく)することは、否めない事実である。
結論していわく。かくのごとき現証をもって、日蓮正宗と戦わんとする宗教あらば、吾人は、喜んでこれと法戦を交え、鎧袖一触(がいしゅういつしょく)、直ちにこれを粉砕するであろう。

昭和30年10月1日
大白蓮華 巻頭言

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月23日 10時58分40秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
自らの命に生きよ  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

人々の生活を見るときに、失敗の責任が、自分には無くて他人にあるようにいう人がある。十界互具、一念三千を説く大仏法を信ずるわれわれは、日常の生活の責任が、ことごとく自分にあるということを知らなくてはならない。

貧乏して悩むのも、事業に失敗して苦しむのも、夫婦喧嘩をして悲哀を味合うのも、それは皆自己自身の生活である。
すなわち、自己自身の生命現象の発露である。
かく考えるならば、いっさいの人生生活は、自己の生命の変化である。
ゆえに、よりよく変化して、絶えず幸福をつかんでいくことが大事ではないか。
されば、自己自身に生きよ・・いや、自己自身に生きる以外にはないのだ、ということを知らなければならない。
あの人が、こうしてくれればよいのだとか、この世の中がこうであればしあわせなのだといって、他人に生き、対境に生きるということは間違いではないか。
しかし、人間の力というものは弱いものである。
自己自身に生きていると、いかに力んでみても、他人に支配され、対境に支配されやすいものである。
されば、いかに観念的に、自己自身、自ら生きていると力んでみても、それで、幸福であると言えない場合が多い。そこで、自己自身の生命が、もっとも強く、もっとも輝かしく、もっとも幸福であるためには、十界互具、一念三千の仏法に生きる以外はないと、吾人は信ずるものである。

これこそ、七百年前に、日蓮大聖人が、大宇宙に呼号なされた大哲理である。
われらを、幼稚なる者と呼んで、一念三千の珠(たま)を授けて、幸福境涯を獲得せしめるとおおせられたのは、このゆえで、その一念三千の珠とは、弘安二年十月十二日ご図顕の大御本尊であらせられる。
されば、末代幼稚の輩は、この大御本尊を信じまいらせて、強くりっぱに自己自身に生きようではないか。

昭和31年2月1日
大白蓮華  巻頭言

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月22日 07時27分32秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
凡夫と御本尊  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

われわれが日々拝する大御本尊は、われわれ凡夫とは関係ない雲の上の存在であり尊上無比の存在であると拝し、われわれ下賤(げせん)の者のつたない日常生活現象とは、およそかけはなれた存在であると拝することは、誤りである。

尊上無比の大御本尊は、じつに日蓮大聖人の御当体そのものであられるのである。

ゆえに、御義口伝には「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」とおおせられてる。さらに、日蓮大聖人は、われわれごとき迷える凡夫の主・師・親であらせられ、「しう(主師)父母(親)」であらせられるのである。
かくて、日蓮大聖人の大慈大悲によって御建立あそばされた大御本尊を拝することがただちに、われわれ凡夫にとっては、したしく久遠の御本仏を拝することであり、したしくおのれの主・師・親を拝することになるのである。

法華経の信解品では、四大声聞が窮子(ぐうじ)の譬えを引いて領解している。
すなわち、父を捨てて他国を放浪した窮子が、五十余年の後に、ようやくその大長者の父に会った。しかし、父を忘れた窮子は、恐れて近づかず、父と自分とは関係のない別のものと思っている。
父は種々の方便を設けて窮子を教えみちびくが、なおも窮子は放浪の心を捨てきらず、下劣の本処にあって、この父を父と悟ることができなかったが、ついに、窮子は、大長者が自分の真実の父であったことを悟りて、おおいに歓喜するというしだいである。
すなわち、窮子は、せっかくの自分の父である長者の家におりながら、
「爾の時に窮子、此の遇(ぐう)を欣(よろこ)ぶと雖(いえど)も、猶故(なお)自ら客作(かくさ)の賤人(せんにん)と謂(おも)えり」
それゆえに、二十年の間、糞はらいをしていたが、それでもなお、「然(しか)も其の所止は猶本処(なおほんじょ)に在り」といって、放浪の昔を忘れずに、父と自分はいまだに別のものと思っていた。
そのうちに、長者が「今我と汝と便(すなわ)為異(これことな)らず」といっていたが、なお「然も其の所止は、故本処に在り。下劣の心、亦未(またいま)だ捨つることを能(あた)わず」(妙法蓮華経並開結259ページ)としていたが、最後に父の死ぬときにいたって、ようやく自分は長者の子であることを悟るのである。これは、御本尊が自分とは別のものだと思うのは、長い間、貧窮下賤(びんぐげせん)
であった窮子が、自分の父を忘れているのと同じことである。

またこれとは反対に、
本尊とはまったく他所(よそ)に求むべきでなくて、
自分自身が本尊であり、お題目を唱えるものは、等しく自涌の菩薩であって、日蓮大聖人とも変わりがないと考えることは、重大な増上慢のきわみであり、大謗法である。

にせ日蓮宗においては「久遠の本仏は釈迦であり、その本仏から地涌の菩薩が末法にお題目を弘めよと付属されているから、末法いまのときにお題目を唱えるものは、すべて本仏の使いであり、日蓮聖人はわれわれの先頭に立たれた兄貴分であり、先輩である」ぐらいに考えていて、しかも公然と、このような誤信を放言して、無知の大衆を迷わしているのが現状である。

この誤りの根本は、まず久遠の本仏が釈迦であると決定するので、日蓮大聖人と、われわれ凡夫との関係が、まったく歪曲されたものとなり、したがって、大聖人を悪しく敬う結果となるのである。
法華経の文上においては釈迦が本仏であり、日蓮大聖人は上行菩薩として付属を受けられたことは、だれしも疑う余地のないとことである。しかしながら、御内証の深秘は、日蓮大聖人こそ、われわれ末代凡夫を教えみちびかれる御本仏であられる。

かかる久遠元初の自受用身の御当体であらせられる大聖人の御肉体が、そのまま大御本尊であらせられるのである。

ゆえに、われわれは、この仏力・法力をあおいで、信心修行を励まねばならない。大聖人は仏界所具の人界をお示しくだされたのにたいし、われわれは、大聖人の大慈大悲に浴し、大御本尊の光明に照らしだされて、初めて人界所具の仏界が開覚されるのである。
されば、御義口伝に、「我等が頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎(はら)は華なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり」(御書716ページ)とおおせられ、また、「霊山一会儼然(りょうぜんいちえげんねん)として未だ散ず」の文も、あるいはまた、「仏こそ凡夫に礼を申すべきなり、凡夫の体を借りまいらせ候」とおおせられたことも、すべて、この立場から拝さなければならない。

これを要するに、尊上無比の大御本尊様の大功徳は、すべて、われわれ凡夫の一日一日の生活のなかに、ほとばしり出ているのである。
御本仏の眷属として即身成仏と開覚されるのである。これ以外に、「仏」というものは絶対にない。

われわれの想像もおよばぬ色相荘厳の神様とか仏様が、
雲の上や西方十万億土などにいるはずはないのである。

と同時に、われわれ凡夫は、「仏性」をだれしも平等にもっているが、御本尊を信じ奉る以外に、「成仏」はありえない。たとえ、御本尊を信じ奉るとも、総別の二義があり
「総別の二義少しも相そむければ成仏思いもよらず」(御書1055ページ)との仰せがある。
ゆえに、別して、日蓮大聖人様が御本仏であらせられ、われわれ凡夫は、主従、師弟、父子のごとく、あまりにもしたしくして、しかも、あまりにも厳然たる区別のある存在なのである。
この態度は、また御遺文を拝するにあったても同じであり、

御遺文を研究して大聖人の御観心がわかったというのも誤りであり、

また、御遺文は、われわれ凡夫の生活とかけはなれた、難しい別のものだというのも、同様に誤りなのである。

昭和25年8月10日
戸田城聖全集・論文より

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月22日 00時30分27秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
信者の大精神に立て  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

突然、御法主上人様のお座替わりのご意向発表を伺い申し上げた。聞くところによれば、過日、本山内の重役会議の席で、日昇上人様からご隠退(いんたい)の意をもらされ、その席上でご決定とのことである。
学会再建以来、御法主上人よりは数限りないご慈悲をたまわって、いまの学会発展をみることができ、まことに、いつまでも法主様としてお仕え出来たらばと思うが、御仏意であるから私の感情は恐れ多い。


先代牧口先生当時から、学会は猊座のことには、いっさい関知せぬ大精神で通してきたし、今後も、この精神で一貫する。これを破る者は、たとえ大幹部といえども即座に
除名する。信者の精神はそうでなければならない。


むかし、関西に猊座のことに意見をふりまわして没落した罰当たり者があったそうだが、仏法の尊厳をそこなう者は当然そうなる。

どなたが新しく猊座に登られようとも、学会会長として、私は水谷猊下にお仕えしてきたのと、いさかかも変わりない。
新猊下を大聖人さまとしてお仕え申しあげ、広布への大折伏にまっすぐ進んでいくだけである。思えば、こんどは二御隠尊様、一御法主様の三猊下がおいでになるから、宗門はますます磐石だ。これは、まことに喜びである。

こんどの日昇猊下ご退座には、なにかの形で微忠(びちゅう)の一端をあらわしたいと考えているが、これは全会員の気持ちではないかと思う。
戦後の宗門が七百年祭を経て、いまの大宗門になったことを思うと、猊下のお徳の高さをまことにありがたく拝する。

どうか、この戸田の精神を全会員の精神として、この発表をむかえるように望む。

昭和32年1月29日
戸田城聖全集 二巻論文より

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月21日 07時34分30秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
なぜ信心をするか  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

信仰というものは、修養のためとか、あるいは、
気休めとかというために、するのではない。
信仰して、利益、すなわち、
生活上のしあわせがなければ、やっても無駄です。

日本の国の人々がみんな困っている。
その困っている時に功徳があるから
広まっていくのです。
理屈や学問で広まるのではないのです。
御利益で広まるのです。

それならどうすればいいかというと、
今度は今生において、布施をし、善根を積んで、
来世においてしあわせに生まれてくると、
こういうふうになっている。
これが、今、仏法を信じない人は、皆、このいき方を
しなければならないことになっているが、だれも善根を
積む者がいないから、来世はますますひどくなるに
きまっているのです。
大聖人様が、これでは、かわいそうだと、おもし召し
あそばれたのです。
そこに日蓮大聖人様の仏法と、釈迦の仏法との、
根本的相違があるのです。
これをわかるのは日蓮正宗だけなのです。

そこで大聖人様は、末法の衆生をかわいそうに思われて、
どうなさったかといいますに、これはいかん、
末法の衆生には過去世にりっぱな行いがないと。
それであるから、これを捨てておいたならば、
その貧乏、あるいは病気あるいは、
いろいろの不幸をそのまま背負って死ななければならない。
それでは、かわいそうだ・・・、そうおっしゃった。

この大御本尊様を受持すれば、過去世において
つくらなかった、原因をくださるという約束がある。
即座に下さるのですよ、原因を。
あとは自分の信心と、折伏によって、
結果を勝ち取らなければいけない。

御本尊様のことを、縷々(るる)
御説明くださっている観心本尊抄という御書のなかに
「この五字を受持すれば、釈尊の因行果徳の
二法を譲り与え給う」という約束がある。
この五字とは、お曼荼羅のことであります。
御本尊様のことであります。

ただ、この御本尊様は、富士大石寺しかないのです。
ほかの寺々で、どんなにうまいことを言っても、
絶対に富士大石寺の御本尊様しか、功徳がない
ということは、この御書において明らかなのです。
ですから、あなた方が、この御本尊様を受持して、
ちゃんと信心をりっぱにしまして、折伏を行じておれば、
必ず、必ず、しあわせになることを、私は誓っておく。
安心して、折伏をしなさい。
功徳は必ず出ます。すなおな信心をしなさい。
必ず功徳がでます。
また、あなた方が、しあわせになるために
熱心に折伏をし、信心をしていれば、
しぜんに広宣流布の時がきます。

しかし、広宣流布は、一日も早くしなければならんと、
私は思っております。
仏天の加護を、国家のために、仏天の加護を願おうと
するならば、一国謗法であっては、
仏天の加護は無いのです。
ですから、一国謗法の罪をのがれるために、一日も早く、
広宣流布をしなければならない。
さあ、そうなると、迷う人があるかもしれない。
ほかでもやっていいのではないかと。だが、
ほかでは絶対だめなのです。これだけは、絶対、
日蓮正宗でなけらばだめなのです。

広宣流布の暁には、大聖人様が御存生中に、
広宣流布ができたならば紫宸殿へかざって、
時の天皇に拝ませなさいと、予言をなさって
おつくりになった、紫宸殿御本尊という御本尊様が
あるのです。

だから、身延には広宣流布する資格がないと
いうことが、はじめからわかっている。
ましてや、このごろできたての
ニセ日蓮宗などはあるわけがない。

この、紫宸殿御本尊のある寺こそ、
広宣流布をする寺なのです。
それが、この紫宸殿御本尊というのは、
七百年も近く、富士大石寺に、厳然として
奉持(ほうじ)し奉っているのです。
この一事をもっても、われわれ日蓮正宗の者は、
広宣流布をしなければならない責任があると
いうことになっているのです。

だから、広宣流布だなどと、マネをしだした時に、
この一事をもって、きゅっと押さえて
やらなければいけない。
まあ、これだけで、あとは、あなた方が、
しっかりと信心をして、功徳を受けますように。

昭和30年8月23日
蒲田支部函館地区総会

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月18日 11時41分13秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
折伏教典より  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

☆「弘安二年十月十二日にあらわされた一閻浮提総与の大御本尊(本門戒壇の大御本尊)に対して題目を唱えるのが大聖人の教えである。(略)

大聖人の正しい教えを聞きたければ、大聖人より日興上人に御付嘱があって以来、富士大石寺に七百年間、連綿として血脈相承されている日蓮正宗についてのみ、日蓮宗を正しく知ることができるのである。
大聖人の御書の上からも、哲理に照らしてみても、また現証の上からも正邪の区別は判然としている。

看板のみ無断借用しているニセ日蓮宗と称するものは、大聖人にそむいているゆえに、たとえ小利益があったとしても、その後かならず大罰が出、ついには生命を弱らせたり、一家離散したりして不幸におちいるのである。」
(戸田城聖発刊 折伏教典)



☆「電灯にたとえて考えてみると、ヒューズがとんで電流が流れてこない電灯は、電球が切れていないからといって、いくらつけても明るい光りを発しないようなもので、電球は本物であっても、電流が流れてこなければ光りが出ないのである。
御本尊が大聖人のご真筆であっても、大御本尊に直結しなければ、なんの功徳もないのである。従って富士大石寺の大御本尊を拝まないものはすべて謗法である」
(折伏教典)



☆「この大御本尊に直結したお漫荼羅を拝む信仰でなければ、絶対に功徳もなく、ましてや、生命の本質をつかんで仏の境涯に立ち、永遠の生命を感得することなどは、とうてい望めないことである。」
(折伏教典)



☆「信仰の対象としていっさいをささげて南無したてまつる御本尊であるから、総本山においては御相伝により、代々の御法主猊下お一人が、おしたためあさばされるものであり、われら信者がうんぬんすべきことではないのである。三大秘法、観心本尊抄等に照らして拝察するのであれば、勝手な御本尊を拝むことが大きな誤りであることが、
はっきりとわかるのである。これは不相伝なるがゆえに深義に迷うのであって、不相伝家はみな本尊に迷うということができる」
(折伏経典)

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月18日 11時39分34秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
指導者  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

学会は指導主義である。指導と教授は違う。教授とは教えることであり、指導とは導くことである。創価学会は、最初から、御本尊を信ずることに導くのである。
したがって、御本尊を教えることは、第二次的なのである。しこうして、信じた後には、信心のあり方を進んで指導するのである。また、信仰即生活であることを指導して
幸福へと導くのであって、指導者とは、一日も早く会員一同が、幸福であらんことを
願うべきである。

人生は険難であり、その行路は多難である。なかなか、普通の生命力では押し切っていけない。ゆえに、大指導者として、偉大なる御本尊の功徳を受けさせ、強き生命力を得させるように指導するのである。

されば、学会の指導者は、大御本尊のお姿を心の奥に刻みつけて、一般民衆の指導に当たらなくてはならない。

学会の指導者とは、なにをもって一般より高しとしうるのだ有ろうか。いうまでもなく信心の力である。その人自身の持っている才能、財力、社会的位置等ではない。ただただ信仰の道においてのみであることを深く自覚しなければならぬ。

されば、大御本尊のこと以外においては、けんそんであって、決して傲慢(ごうまん)な姿であってはならない。また、上長の位置を誇ることなく、なにごとも命令的であってはならぬ。指導である以上、相手の納得いくようにしてやらねばならぬ。そうして、御本尊の尊さ、功徳の偉大さを十分に納得させねばならぬ。

要するに御本尊を信ずる力と、慈悲とに満ちて、友として指導するものこそ指導者の自覚を得たものというべきではないか。

昭和30年3月1日
大白蓮華   巻頭言

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月16日 22時05分02秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
邪教をつく  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

世間に、今大流行をしている宗教がある。

この宗教は南無妙法蓮華経と唱えるから、知らない人々は、日蓮宗だと思っている。

信者自身も、日蓮宗とはこんなものかと信じているものが大多数である。
その理由は、ただ南無妙法蓮華経と唱えるからである。しかし、その教義は、日蓮大聖人の教えなど、毛ほども用いていない。

信者を二十五人から五十人と作ったものは、利益があるとせられている。
だから、「ねずみ算」式に、信者はどんどんふえる。

もうかるのは本部だけで、信者の方は真の仏教でないデタラメなものに夢中になるから、宗教の原則によって、だんだんと生命力をなくしてしまう。

仏教経典になんら根拠もないインチキの教えを振りまいている状態を見て、さらに無智の大衆が、なんらの批判もなしに、これが日蓮大聖人の真の教えであるかのように、
眩惑されているのを見て、吾人は、だまっておられないのである。

邪教の理論的詐術(さじゅつ)を知らぬ愚人こそ吾人は哀れと思わざるおえない。


昭和24年10月10日
大白蓮華   巻頭言

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月16日 21時57分34秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
寿量品について  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

寿量品において「譬如良医」(ひにょろうい)とは、久遠元初の自受用身(じじゅゆうしん)、無作三身(むささんじん)の如来、また、南無妙法蓮華経仏とも申し上げる。
「是時其父(ぜじごぶ)、還来帰家(げんらいきけ)」のその父は、日蓮大聖人様であらせられる。「遣使還告(けんしげんごう)」は、富士大石寺にいます法主上人であらせられる。

以上のごとく心得て、経文は拝すべきで、譬如良医をインドの釈迦と読んではならぬ。
この良医が「智慧聡達(ちえそうだつ)」であって「明練方薬(みょうれんほうやく)」-----よく衆病を治すとある方薬とは、三大秘法の大御本尊様であって、「飲佗毒薬(おんたどくやく)」の佗の毒薬と言う佗は、三大秘法の本尊にあらざる佗であって、毒薬とは邪宗教である。
良医の作った薬以外は、みな毒薬であるから、佗といったのであって、三大秘法の御本尊以外は、ことごとく邪宗教である。佗の字に心を留められたい。「色香美味(しきこうみみ)」とは、三大秘法と拝すべきで、戒定慧(かいじょうえ)と読むべきでない。

また、学会で、この信仰によれば生命力が強くなる、ということについての文証は、「更賜寿命(きょうじゅみょう)」という文である。
その前の文に「我等愚痴(がとうぐち)、誤服毒薬(ごふくどくやく)、願見救療(げんけんくりょう)」、すなわち、われら愚痴にして誤って毒薬を服せり、願わくは救療を給え、と。

当世の体をみるのに、みな「我等愚痴(がとうぐち)」のことばに当たり、誤って毒薬を飲むというが、みな邪教に迷って、その生命力及び福運が衰減して、病み疲れているかたちである。

そこで、願わくは救療を給えと言わざる終えない。ここに、宇宙唯一の御本尊あり、弱った生命に、衰減した福運に、うまくいかない事実に、さらに寿命を与えようと仰せになっている。
なぜ、すみやかに、末法の御本仏、出世のご本壊たる三大秘法の本尊を信じないのだ。
まことに「我等愚痴(がとうぐち)」というが愚痴なるものである。

また、御本尊を守護する側も、すみやかに謗法を去り、勇気を盛り起こし、たがいに怨嫉(おんしつ)することなく、一団となって、広宣流布の大道へ進もうではないか。

昭和28年2月15日
大白蓮華   巻頭言

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月12日 15時39分04秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
思想の混乱  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

世界の文化人が混乱している思想に二つ有る。このふたつの混乱が、いろんな悲劇を人生に与えている。

一つは、知識が即智慧であるという考え方である。知識は智慧を誘導し、智慧を開く門にはなるが、決して知識自体が智慧ではない。

つぎは、健康即生命との思い誤りである。健康であれば、生命も長生きであるような、
錯覚におちいっている。ただし、健康であることが、その人の日常生活をいかに楽しませ、いかに活動させるかを認めないのではない。
それは、生活条件には必須なものではあるが、生命それ自体とは、また違ったものである。

このことがはっきりするならば、むりに大学課程をおさめさせたり、また丈夫にならなければならないと、自分の人生を悲観したりするよなことは起こるまい。

日本のことわざのなかに、「論語読みの論語知らず」と言う言葉がある。これなんぞは、知識と智慧と異なることを、りっぱに表現しているではないか。

あの有名な曲亭馬琴(きょくていばきん)の長男が子どものときから、父親が一生けん命に論語をしこんで、りっぱな学者にしようとしたが、ついに単なる医者の株を買って、医者になったという話しがあるが、これなんぞは、明らかな事実ではないか。

また、こんな話しもある。ある人が長崎の医学の修業にいって、行李三杯ほどの講義録をためて、揚々と帰国した。これさえあれば、りっぱな医者で通せると思ったのである。ところが、瀬戸内海で大波にあい、船が沈没して自分だけ助かった。かれの頭のなかには、医学の一物も残っていなかった。

と、こんな話しは、昔の人のように思うが、今の大学生が、たんねんに先生の講義を筆記している。もちろん全部の学生とは言わない。その人が、その講義を全部自分の物にしているかというに、さはなくて、ただ試験に通りたいためである。

このように、智慧と知識は根本的な相違がある。
ただし、智慧の本道にはいるためには、知識の門を開いて、はいらなければならぬことは、いうまでもない。

仏法においても、随喜功徳品において、五波羅蜜を捨てよとはいうが、般若波羅蜜をば捨てよとは言っていない。
智慧のない人間は、犬猫にも劣るのであるから、智慧を磨くということを、よろしく考えるべきであろう。

また、こんな言葉が、関西方面で言われていると言う。「病気上手の死に下手」と。
これは、また健康と生命の関係を、如実にものがたっているのではないか。健康なら長生きすると言う考え方は、大いなる誤謬(ごびゅう)である。

人間は何のために生まれてきたか、こういうことを人に聞くとき、満足に答える人はおらない。親孝行のために生まれてきたといっても、それは実際的ではなかろう。金もうけのために生まれてきたというならば、資本主義の変形である。

人間に生まれてきたわれわれの目的は、楽しむためであるということを、どこまでも忘れてはならない。

その楽しむためには、健康というものが、そうとうの役割を占めることを忘れてはならぬ。それとて度をすぎるならば、身を誤るもとになる。

要するに、根本は強き生命力と、たくましき智慧とによって、わが人生を支配していかなくては、ほんとうの幸福は得られないことを知らねばならぬ。

ここまで吾人が論じたことは、単なる議論であって、これを実践に移し、いかにすべきかという問題は、

わが創価学会の主張のごとく、日蓮正宗総本山の、一閻浮提総与の御本尊に、南無すること以外に、方法のないことを付記しておく。


昭和33年4月1日
大白蓮華  巻頭言

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

from: 21世紀さん

2009年05月12日 09時54分19秒

icon

「Re:戸田城聖2代会長指導から」
青年よ、理想をもて!  戸田先生の指導より

--------------------------------------------------------------------------------

みんなが、こんなにいっぱい集まっているところを、
初代の会長が見られたら、どれほど喜ばれるかと
思う。初代のことを、思うと胸がいっぱいになります。

青年というのは、見ても楽しいものであると同時に
またこわいものである。
明治維新のその封建制度を打破して、明治の文化を
つくったのは、皆、青年だ。
今度、世界の大戦争を起こして日本をぶっつぶした
のも青年だ。
しこうして青年は水のごときものだと思う。
毎日、水が川によどみ、
あるいは水車の回りによどむとき、あるいは堂々と
流れるのを見たときは、まことにたのもしく思われ、
うれしいと思う。
ひとたび大怒涛をなしたときは、船をもつぶし、
家をもこわす。これが青年と言うものだ。
ですから、皆さまは、じつにりっぱであらうと
思うとともに、こわい。
そこで日本の指導者は、皆さんに
一つの理想を与えなければならんと、私は思うので
有ります。しかるに、今、日本の国において
青年の行く手を、はっきりしているものがない。
私はそれは日本の青年にとってまことに
遺憾だと思う。

ここに韓国の方がおられたら、まことに申し訳ない
けれども、日本民族というものはね、絶対に
中国人や韓国人に負ける民族ではない。

全世界の民族を救うには、いままでのような
妙ちくりんな理論ではだめだ。
最高の仏さまである日蓮大聖人様の哲学を
もって、全世界の人を救わねばならんと、
私は思う。それには青年は高い理想がなければ
ならぬ。しかも救うにはです。剣や鉄砲を
使うのではない。みんなに功徳を与える。
幸福を与える。その哲学、理論、実践をもって、
全世界を救いたいと私は思うが、どうだ諸君!

昭和30年12月18日
男子青年部第四回総会
蔵前国技館

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • サークルで活動するには参加が必要です。
    「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
    ※参加を制限しているサークルもあります。

    閉じる

  • 0

icon拍手者リスト

もっと見る icon