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  • from: 21世紀さん

    2009年07月18日 20時52分53秒

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    御書解説

    秋元御書(御書 1447頁)
    (別名 『筒御器抄』)
    大白法・平成16年3月1日刊(第640号より転載)
    一、御述作の由来
     本抄は、弘安三(一二八〇)年一月二十七日、日蓮大聖人様が五十九歳の御時、身延から下総国(現在の千葉県)印旛郡(いんばぐん)臼井荘(うすいのしょう)在住の秋元太郎左衛門尉勝光氏に、筒(つつ)御器(ごき)並びに盞(さかずき)の御供養の返書として与えられたお手紙です。
     富木氏と親戚の間柄にあった秋元氏は、曽谷教信氏や大田乗明氏の両家とも親交が深く、正応四(一二九一)年九月十七日に寂するまで終生信心を貫かれました。この間、大聖人様より、本抄と文永二(一二六五)年正月御述作の『秋元殿御返事』の二書を賜っていますが、何れも御真蹟は現存しません。

    二、本抄の大意
     はじめに、筒御器等の御供養を受納されたことを報告し、秋元氏の深志を讃嘆されます。そして、完器に対する破器の四失(覆(ふく)・漏(ろ)・汙(う)・雑(ぞう))を説き、さらにその四失を用いて四種の謗法の相を顕し、全(まった)き信心を策励されます。さらにここでは、種(しゅ)・熟(じゅく)・脱(だつ)の法門より末法の法華経の法体が、釈尊所説の熟脱の法華経と異なり、三世十方の仏の成仏の種子たる文底下種の南無妙法蓮華経であることを明示され、この本法に御供養された功徳の大きいことを、即身成仏の保証をもって示されます。
     次に、安国を願う大聖人様の「四箇(しか)の格言(かくげん)」による謗法(ほうぼう)呵責(かしゃく)が、古今の謀反人(むほんにん)さえ受けたことのない、甚(はなは)だしい怨嫉(おんしつ)を招いたことを明かされます。しかし、壇ノ浦の戦いや承久の乱で敗れた天皇方の悲運が、邪宗帰依による法華誹謗に起因することを、ただ一人見抜かれた大聖人様は、国恩を報じ、また与同罪(よどうざい)を免れるために、未萌(みぼう)を知る聖人として亡国の原因たる諸宗の邪義破折に、値難覚悟で臨まれたことを述懐されます。
     続いて、法華経信仰者の用心を示し、謗人(ぼうじん)・謗家(ぼうけ)・謗国(ぼうこく)の法華誹謗の失(とが)を顕します。また、謗国において自界叛逆(じかいほんぎゃく)と他国侵逼(たこくしんぴつ)の二難の惹起(じゃっき)を予言され、真言の悪法とそれを看過した天台の与同罪が亡国を招く元凶たることを歴史の上から述べられます。そして、大聖人様の弟子檀那に対して、自身と同じく謗人・謗家・謗国の謗法を免れるために、不惜身命(ふしゃくしんみょう)の折伏を行じるよう御教示されます。
     しかしまた、法華経が難信難解(なんしんなんげ)なことから、謗法呵責の行者が稀有(けう)なことも述べられ、成仏の難事を竜門の故事により例証されます。次いで、御自身は折伏による数々の値難によって与同罪を免れたことを示され、身延隠棲の理由とされます。
     最後に、身延での御生活の艱難(かんなん)な趣(おもむき)を述べながら、御供養の志に感激されている旨を、御器への最大の讃辞に表され、本抄を結ばれています。

    三、拝読のポイント
    完器なる正直な信心を心がけよう

     第一には、正直な信心を心がけて修行することが大切であるということです。
     大聖人様は本抄に、
    「覆(ふく)・漏(ろ)・汙(う)・雑(ぞう)の四つの失(とが)を離れて候器(うつわ)をば完器(かんき)と申してまた(完)き器なり。塹(ほり)・つゝみ(堤)漏らざれば水失せる事なし」
    と、器の欠陥には覆・漏・汙・雑の四つがあり、この四失(ししつ)のない器こそ、はじめて使用できる器であると仰せです。そして、私たちの信心もこの四失がない完全な状態ならば、御本尊様の御威徳が損なわれずに浴することができると述べられています。
     ここに信心上の四失とは、はじめに「覆」とは、仏様の教えを心に入れない、耳に聞かない、口に唱えない姿であり、これは器がうつぶせた、また蓋(ふた)をした状態と同じということです。「漏」とは、悪縁や自分の気分によって御本尊様を信じたり、不信を起こしたり、修行をしたりしなかったりと、信心が未決定(みけつじょう)な状態で、これは中身が漏れる容器に譬えられます。「汙」とは、器自体の汚れにより中身までが汚染されることで、これは修行者の我見や謗法の念慮が、清浄な法水を汚し、功徳を失う姿を指しています。「雑」とは、同じ器に清浄な食物以外に種々の汚物が入り雑ざった状態で、正法を持つ修行者が、不浄なる謗法を容認したり、併せ行じたりしても苦しいと思わず、法華経の功徳を失うことです。
     私たちは、常に自身の信心姿勢を客観的に見つめ直すために、四失の謗法に用心して清浄な信心に努めてまいりましょう。

    妙法の五字こそが成仏の種

     第二には、末法の衆生は妙法蓮華経の五字を受持することによって成仏が叶うということです。
     本抄に、
    「種(しゅ)・熟(じゅく)・脱(だつ)の法門、法華経の肝心なり」
    とあるように、下種益・熟益・脱益の三益が法華経の肝要であり、なかでも、
    「三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏に成り給へり」
    と仰せのように、諸仏は妙法蓮華経の五字を種として仏と成ったことを示されています。
     大聖人様は『本因妙抄』に、
    「今日熟脱の本迹二門を迹と為し、久遠名字の妙法を本と為す。信心強盛にして唯余念無く南無妙法蓮華経と唱へ奉れば凡身即ち仏身なり」(御書 1679頁)
    と説かれるように、末法の私たちは久遠元初本因下種の法体である南無妙法蓮華経の御本尊を受持することによって、種・熟・脱の三益を同時に具える名字本因下種の利益をこうむり、即身成仏の境界を得ることができるのです。

    自覚すべき謗人・謗家・謗国の失

     第三には、謗人・謗家・謗国の謗法罪を自覚せよということです。
     一に「謗人」とは、自身が謗法を犯すことですが、ここでは与同罪について御指南されています。すなわち臆病(おくびょう)な心により法華誹謗者を破折しない行為は、一切衆生の成仏を願う御本仏の御化導に敵対する大怨敵(おんてき)の振る舞いであると、与同罪を厳しく誡められています。
     二に「謗家」とは、謗法の家に生まれることです。大聖人は、今世に謗法の家に生まれた因である過去世の謗法罪障が、いかに重く消滅し難いかを、謗人であった勝(しょう)意比丘(いびく)・苦岸(くがん)比丘の眷属が心ならず無間地獄に堕(お)ちた堕獄必定(だごくひつじょう)の現証をもって示され、警鐘(けいしょう)を鳴らされています。
     三に「謗国」とは、謗法者の住む国土に私たちが生まれ合わせる罪障です。大聖人様は、謗法者の住する国土は種々の災(わざわ)いが集まり、ついに無間地獄と化すことを述べられ、またそこに住する正法の行者が苦痛を同じく受けるのは、謗法の国土に生まれる自身の過去・現在の漫々の謗法罪障によるのであると、その自覚を促されています。
     このことから私たちは、信心によって功徳を求めるばかりでなく、これらの謗法の罪障消滅を図るために、懺悔の心を大事にして信心修行に励むことが肝要です。

    与同罪は恐るべき大罪

     第四には、与同罪による堕地獄を恐れて、自ら折伏を実践することが大事であるということです。
     大聖人様は、たとえ弟子檀那であったとしても、折伏を行じなければその罪は甚だ深く、無間地獄の存在する限り出獄することはできないであろうと仰せです。そして、大聖人様御自身も折伏の動機の一つに、与同罪による堕獄への恐怖(くふ)が存したことを機情に合わせて披露され、重ねて与同罪は恐るべき大罪であることを示されています。
     そして私たち弟子檀那に対して、自身のみならず謗家・謗国の失を免れるために積極果敢なる折伏を、父母兄弟等の家人、並びに一切衆生に行じていくべきことを厳命あそばされています。
     この謗家・謗国の果報について『兄弟抄』には、
    「過去の謗法の罪を滅せんとて邪見の父母にせ(責)められさせ給ふ。又法華経の行者をあだ(仇)む国主にあへり」(御書 981頁)
    と御指南されています。すなわち、現在私たちが自行や化他行に励むときに現れる、両親や国家権力による怨嫉や障魔は、実は自分自身が過去世に行ってきた法華誹謗の報いであり、また精進するほどにその障魔が激しくなるのは、私たち自身の罪障が消滅されていく過程であるということです。
     したがって私たちは、自身の業報による障魔に負けることなく、自ら折伏を力強く実践して早く法華誹謗の大重罪を消滅して、安穏な楽土を築いてまいりましょう。

    四、結 び
     本抄に、
    「過去遠々劫(おんのんごう)より今に仏に成らざりける事は、加様の事に恐れて云ひ出ださゞりける故なり。未来も亦復(またまた)是くの如くなるべし」
    と、衆生が成仏できない理由が、三世にわたって等しく臆病風に吹かれて折伏を怠(おこた)る謗法与同の罪にあることを明確に御指摘くださっています。
     私たちは、現在「平成二十一年・『立正安国論』正義顕揚七百五十年」に向かって折伏・育成に前進していますが、この御命題こそ自身を成仏に導いてくださる尊い御本仏の御慈悲と受け止め、今こそ勇気を出して折伏に精進してまいりましょう。

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