サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
-
from: ハムスターさん
2010年06月24日 19時47分31秒
icon
「人間革命の正しい読み方」慧妙編集室編 連載六回目
さて、今回は池田君の痔のお話です。
“弾圧と投獄”恐れ、退転まで考えていた池田大作(第三巻「群像」の章より)
すでに池田の入信の模様を明らかにしたが、小説『人間革命』では、昭和二十二年八月の入信後、戸田氏の経営する日本小学館に就職するまでの一年数ヶ月の間、池田の消息は、どういうわけかプッツリと途絶えている。
「運命的な出会い」「宿命的な会長継承者」であったハズの池田が、ナルシストにして自己顕示欲が人一倍強い池田が、小説の中とはいえ、全く姿を見せないのである。
これはただ事ではない。いったい何事があったのか--- 今回はこのナゾ迫ってみよう。
次に挙げるのは『人間革命』第三巻 「群像」の章の一節で、久々に姿を現わした池田の姿を描いたものである。
「あの山本伸一も、入信以来、講義や座談会にも、たまには顔を出していた。だが、彼はいぜん生活と、病弱(※結核)に苦しんでいた。(中略)戸田城聖の法華経の講義は彼にとって大きな驚嘆であった。
日蓮大聖人の仏法は、彼にとって最高の驚異の的であり、戸田城聖の風貌(ふうぼう)は彼の心に不出世の師として灼(や)きつき、鮮明に残っていた。
それでありながら、彼は心中深く、どうすることもできない一つの困惑を感じていたのである。
戸田城聖のもとに、全生涯を創価学会に託(たく)することは、目的が偉大であるだけに、将来は大変な苦労となるだろ。
やりとおせるか、とおせないか、そのいずれかである。彼は直覚していた。この一線で、精いっぱいの抵抗をしていたのであろう。
----逃げ出すなら今のうちだ。後では取りかえしはつかないぞ。」(第三巻「群像」の章)
姿を消していた池田は、病弱さゆえに思うままに活動できず、さらに、そのために創価学会に一生を託せるかどうかで悩み、逃げ出そうかとまで考えて、活動にあまり参加せずにいた、というのである。
たしかに、池田自身が、
「小学校では栄養不良で三、四回も死にそこない、がんらい、身体が非常に弱かったんです。終戦の年には六回日の肋膜をしていましたし、 肛門性(コウモンネンマクビラン)のもので、耳や鼻などみんな悪く、血痰(けったん)が出てたんです」(小口偉一編 『宗教と信仰の心理学』)
と語っているように、体の調子が悪かったのは事実らしいが、それは、主に”肛門”だったようだ。
他でも、池田が
「あのねェ。動かなかったんでおケッがちっちゃくなっちゃいました。ホラ、このモモがね。こんなに小さくなりましたね。大きな声ではいえないが、痔が悪いんで、ケッが小さくなったもんで、 よけいイタイ」(『週刊文春』昭和四十五年五月十八日号) 等と述べているとおり、 この頃の池田を悩ましていたのは、“結核”よりも“痔”であった。
先の[「人問革命』の記述は、”痔”に苦しむ若き池田大作」ではカッコがっかないため、“結核”を前面に押し出して、己れの美化に努めたものであろう。
では、その“痔”のために、池田は創価学会の活動を渋っていたのかというと、そうでもない。次の文を一読していただきたい。
「それからは、おがみはじめるとなんとなく一日安心感があって、 おがまない日は仕事もなにも落ち着かない。 それで、おがむとこうなんだから信仰は大事だなあと思ったのです。それから一年は普通にやっていました。そのころはバチがこわかったのです。前の信者さんたちが牢獄へいったということが気になりました。全部の宗教に反対するから必然的に部圧される。その時はどうしようか、寝ても覚めても考え、やめるなら今のうちがよいと考えました。二年目に『立正安国論』の講義を聞いてから、よし、よい勉強をしょうと考えるようになりました。」(小口偉一編『宗教と信仰の心理学』)
つまり、一年問のブランクの意味は、何のことはない、要するに「弾圧されるのがこわかったから」だという。
かっては、
「戸田会長にあったときも、 この人は戦争に反対して二年問も、牢に入っていた、この人のいうことならば、私は信じてついていっても問違いはない、と思った」(『文藝春秋』四十三年二月号) という池田が、じっは、その牢獄を恐れて逃げまくっていた、というのである。
池田大作----何とも呆れ果てた男だ。
それにしても、入信時には、御本尊を三日間拝まずに放っておきながら、雷の音にビビって拝みだすようになり、次は仏罰にビビって信仰を細々と続け、その後は弾圧の話にビビって信仰活動から逃げまくる----そして今、池田は国会の証人喚問にビビって、議貝や政党を操(あや)って逃げまくっている。
ケッの穴が小さい男・池田大作。もしかしたら、この男の逃げまくり人生の原因は、青年期の“痔”にあったのかもしれない。
コメント: 全0件