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from: 沙羅さん
2009/03/09 23:07:19
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ラテン語
ハ!ラテン語、ラテン語、ランランラン、、♪♪♪のスレットがここはないではないか?誰かな?ARCアークDEドュTRIOMPHEトリオンフ凱旋門と訳した
ハ!
ラテン語、ラテン語、ランランラン、、♪ ♪ ♪
のスレットがここはないではないか?
誰かな? ARCアーク DEドュ TRIOMPHEトリオンフ
凱旋門と訳した人は、、、
ARCアーク は、
門とは訳さないよ〜ん!なんちゃって、、
門に見えるけど、門の意味してないのが、ARCアーク
の意味を理解出来るか出来ないかを問われているかもよ〜ん・・・結局知覚を通して、人々の心情に浮かぶ抽象表現を含む
語句なんですねえ〜・・創世記に出てくる、虹は、どのように記されているのかしら?原書という原本に記されてる記号が
解ればいいんですけどね?
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from: 沙羅さん
2009/12/01 23:16:43
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「Re:Re:ラテン語」
Religio レりギオ
これが、ラテン語で表わす宗教という意味だそうです。
ちなみに、音素的に類似する単語は、 Relegere レレゲーレ[思い浮かべる}
Religare リガーレ
は
フランス語の 結びつける、結ぶ Relier ルリエという単語の基だそうです。
縛ると言う仏語の動詞は、LIER リエールですから、
RE が 前頭に来る時はかならず、立ち帰り、考察の対象となる事柄への精神の注意深い立ち帰りを表わしています。
前にお話しました、熟考という意味のフランス語 レフレシー
REFLECHIR の RE と同じ立ち帰りです。
FLECHIR フレシーは、曲げる、筋力のたわみ、屈折、屈曲作用
の意味ですから、
簡単にのべれば、柔軟な思考という意味なんです。
固まらない、拘らない、執着しない・・・等々という意味合いで、柔軟で臨機応変にスパッスパと縦横無尽に、さっさと、機転が利き、多くの異なる立場の存在性を含むような思考という事なので、どうしても、自分自身を中心に考える事は出来ないんですね。
昔は、通じたかも知れませんが、今は普遍性を考えれば昔ながらの思考は、頭打ちという現実に会うと思われます。
世界が求めているのは、新しいものを探しているという事だと思うのですね。
自分自身が変らなければ、存在し続ける事ができないのだと思うのです。
諸行無常の響きあり・・・天下平家もガタガタ・・・と転げ落ちますし、新しいものを、人々は求めながら生きるのでしょう・・・・歴史が、示していますね。
でもそれでも、UNIVERSEL 宇宙、と普遍が同じ音素なのは、不思議ですね?
UNI + VERSEL ですね。
ふう〜〜
何回か記載して述べてますがぁ〜・・・・
UNI は、ひとつですね〜〜〜!!!ユニなんです
VERS ヴェーという音素は、仏語は、
ムッシューOOさんの家の方ーー> VERS MR OOさん
郵便局の方向 VERS LA POSTE ヴェーラ、ポスト
という使い方、表現の仕方なので、
一つになる方向ーーー>宇宙、普遍、、、という意味なんですね。
つまり、言葉は、動的なんですね?
何故?宇宙と呼ばれるのでしょうか?
何故?普遍と呼ばれるのでしょうか?
それで、フランス語の、結びつけるRELIER ルリエールは、ラテン語の宗教という語源からの発生なんですね。
前に、サンテクジュペリの星の王子様でも、はなしましたが、愛の定義を説くキツネは、王子様とキツネの懐くという絆をつくる
関係に、愛の意味を伝えようとしますね。
原文は、APPRIVOISER アプリヴォワゼ、という単語なので、犬を飼うという時もこの単語を使うのですが、
これだと、愛の定義の能動的な関係を想像できないので、日本語翻訳者は、このAPPRIVOISERという単語を、仲良くする・・と訳しています。
真の愛に従属関係はあり得ませんから、平等の人間関係(男女)の上でしか成立しないはずです。なぜなら、お互いが未来に向けて必要な存在の在り方をしているという途上の上のお互いの存在であるはずなので、どうしても、時間軸は未来に視差を向けるはずなんです。その意味で、
サンテクジュペリの本の訳は大変ある意味難しいですね。
キツネと王子の関係を、、<懐くなずく>、という関係で表現する日本語訳者には関心しました。立ち帰りをすれば、懐かしむ・・という漢字の読み方になるので、愛する者を失えば、当然懐かしむという意識は生まれますから・・・
ところで、哲学は、この 愛と信 の意識が非常に類似しているという事で何回もデイベートの議題としてあがりますね。
日本語は、このにんべんの人と言う字に、言うという記号が、信じるの信なんですよね〜・・・
信ずる者は救われる・・・ということわざは、他の外国語にはあるのでしょうか?
よく分かりませんが、あまりにも安易に信じる・・・という意識を助長させてしまうのは、信,真、心、が何故か皆同じ音素なんですよね?
信じるを、CROIREクロア 十字する・・・という音素だと、
わたしは十字する<信じる>
わたしは、OOさんを十字する
わたしはOO信仰を、十字する
わたしは、OO先生の言う事を皆、十字する[従事?}
という音素クロアートル、<CROIRE>を、日本語の使い方を反対に直訳すると、
やはりおかしいですよね?
でも、信じるだと日本語はおかしくなくなるんですよね?
アランのいう通り、言葉の限界は、ほんとに思考の枠ですね。
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