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from: めるろ〜001さん
2009/12/12 13:10:25
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論理学というのは
誰に習ったかではなく、自分がどれだけ修得したかが問題ですね。
授業でもそうですが、理解できないまま進むこともよくある話し
です。
生まれて、母親が「ご飯食べようね〜。」「はい、オムツ替えましょ。」「そんなことしちゃダメ。」
学校の先生「ハリケーンというのは、メキシコ湾やカリブ海から発生し、北上する。」
みんな論理学に従っています。
「りんごを四つに切り、四人で食べました。」
これが、タカギさんの言うように、
「四つに切られたりんごの右下が0.0002ミリ大きい。
だから、均等にしてくれ。」などということが現実に起きるでしょうか?
これが精神や心の場合でもそうです。
「私はあなたを愛しています。」とラブコールしたとします。
タカギさんの言うように、彼女が、何分の何、愛してくれていますか?」と聞くでしょうか?
小数点以下の数値が現実に起こりうるという
タカギさんの指摘の拠ると、<愛情に何分の何>という数値が存在しないと、その小数点以下が存在しません。
僕は、愛情や友情を数値表現できないので、
<限りなく無限の小数点以下>ということが、
論理的に存在し得ない。
論理としては、文字なので有り得ますが、
実際に存在するかというと、または、小数点以下の微細なものを
想定することが出来ない。
すると、論理学というのは、現実に存在し自己がその内容を確認できるもの、存在可能なものを文字という垣根を乗り越えて、
記号化し、真なのか偽なのか、
または、無限にループし無意味なのか、
偶像なのか、という選択を提示したものですね。
記号で書いていても、現実に存在しないものを記号にしているわけではありません。
想像の世界の論理でも、無限のループ、無意味なトートロジーを
排除しています。
それを存在させても、無意味だからです。
これが根源という問題ならば、既に生きてきた材料で、
類推可能なので、どんどん思考することが出来る。
しかし、未来のモノの中で、近時未来以外は、
容易に否定されるのです。
経験的に無に帰す、近時的「死」は、個人の問題であり、
技術や知能を持っていない人が「人類の・・・。」は
すごい科学者の判断する問題であり、
論理学に戸惑っている人の判断ではない。
そういうことが言える。
また、死後が無意味か有意義かは、現世のその人の行動や内容によるものであり、死後を0と既定してしまうのは、
不確定であり、論理学に乗らない。
ただ、論理学に帰すとすれば、<両方を考えないといけない>
ということです。
片方では<思考不十分>ということです。
死後を1の結果にするには、現世でどのような行動をとるか。
死後を0の結果にするには、現世でどのような行動をとるか。
自己にとってはこの二つしか残らないですね。
そして、どこまで行っても、現状は決まらない。
釈尊が教えるように、「今修行をし、涅槃に至るならば、
最高の智慧を得ることが出来るであろう。」
ということなのですね。
論理学はそういう人間の未来を想像する学でもあるのです。-
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コメント: 全1件
from: めるろ〜001さん
2009/12/12 14:09:58
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「Re:論理学というのは」
仏教などで無限のとか無数のとかの文字が見えますが、
これは、そこから先は考える範疇ではない。
ただその要素を把握しなさいということであり、
諦観するものであるということです。
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