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from: 21世紀さん
2010年05月21日 00時42分12秒
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時代の風:家庭内殺人=精神科医・斎藤環
◇ネットがあぶり出す闇
4月17日、愛知県豊川市で、30歳の長男が1歳のめいを含む家族5人を殺傷し自宅に放火するといういたましい事件があった(4月17日毎日新聞東京本社夕刊)。長男は中学卒業後就労するも対人関係が苦手で続かず、十数年来のひきこもり状態だったという。また浪費癖があり、ネットオークションや通信販売で200万円以上の借金を抱えていた。
長男による家庭内暴力はそれまでも何度かあり、警察ざたをくり返していた。浪費にたまりかねた父親が、インターネットの契約を無断で解約したことで長男が激高し、この惨劇につながった。
多くのメディアがこの事件を、「ひきこもり」と「インターネット」が引き起こした殺人、というニュアンスで報じている。しかし私のみるところ、この事件の本質は別のところにある。
これはむしろ昔からある、家庭内暴力に起因する家族殺人の典型的事例である。子供から親への暴力が、親殺しや子殺しに発展するケースならば、戦前から多くの事件が報じられている。
例えば1977年に起きた「開成高校生殺人事件」では、子供の暴力に耐えかねた父親が息子を殺害して逮捕されている。こちらは子殺しの事例だが、問題の性質は豊川の事件とほとんど変わらない。
こうした事件が報じられるたびに無念に思うのは、それが予防可能であったという思いを禁じ得ないからだ。突発的な通り魔殺人などとは異なり、家庭内暴力から家族殺人へという進展は、未然に防ぐことが理論的に可能なのである。
しかし残念ながら、わが国では児童虐待や夫婦間暴力を含むDV(家庭内暴力)への対応が遅れており、特に加害者対策の欠如がしばしば指摘されている。
もし私が、この事件の家族に相談を受けていたら、まず“暴力の徹底拒否”と“小遣いの上限設定”を急ぐように、強く勧めていたはずだ。事件の家族は両親の給与管理を、自立のためと称して本人に任せていたらしい。また、クレジットカードも自由に使わせた結果、借金がかさんでしまっている。
たとえ本人から強く抵抗されても、月々与える小遣いの額を一定に制限することが最も重要なのだ。クレジットカードなど論外である。そうした姿勢を毅然(きぜん)として打ち出し、それで暴力が出るようなら、通報や避難で対応する。そうした方針で専門家が介入していたら、この事件は防ぎ得た可能性が高い。
ならば、ひきこもりやインターネットはこの事件とはまったく無関係なのだろうか。実は、必ずしもそうとは言い切れない。すくなくとも、暴力から殺人に至る過程を促進した可能性はあるからだ。
ひきこもりについては、「ひきこもりの高年齢化」傾向がある。私の最近の調査では、ひきこもりの平均年齢は32歳だ。本事例のように、もはや「青少年」扱いが難しい年齢にまでひきこもり状態が長期化すれば、精神症状や暴力といった問題をこじらせやすくなる。
あるいはインターネット。豊川の事件に接したとき、私は今年の2月にフロリダで起きたある事件を連想した。オンラインゲームにはまっていた27歳の男性が、ゲームをやめさせようとした50歳の母親の首を絞めて逮捕された、というニュースである(2月12日付ヘラルド・トリビューン)。
同じ2月にルーマニアでも、17歳の少年がネット接続料金の支払いを拒んだ母親に腹を立てて刺殺し、逮捕されている。この少年もオンラインゲームにはまっており、母親はそれをやめさせようとしたのだ。
これらの報道がショッキングだったのは、一般に日本と韓国以外では、子から親への家庭内暴力がほとんど知られていなかったからだ。例外もあるが欧米の家庭では、子供が慢性的に親に暴力を振るうような事態は起こりにくい。すぐに通報されて逮捕されるか、家から追い出されてしまうからだ。
そのような社会にあってすら、子から親への暴力が起こり始めている要因として、いずれにも共通する「オンラインゲーム」は無視できない。
おそらくここでのポイントは、インターネットの「没入性」と「依存性」ということになるだろう。とりわけオンラインゲームは中毒性が高く、生活に支障をきたしやすい。「ネトゲ廃人」なるスラングまであるほどだ。
ネットが新たな病理をもたらすわけではない。しかしネットは、すでに存在する病理を凝縮して可視化し、あるいは拡大し加速する作用を持っている。豊川の事件における“ネット”もまた、家族関係がはらんでいた問題を、一気に事例化するような加速装置として機能したのではないか。
もしそうであるなら、いまさらネットの弊害ばかりをあげつらっても仕方がない。ネットの介在が、「暴力性」や「中毒性」といった問題を発見させやすくしてくれるなら、そうした機能はむしろ積極的に活用されるべきなのだ。ながらく否認され続けてきた、家族の闇と向き合うためにも。=毎週日曜日に掲載
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毎日新聞 2010年5月16日 東京朝刊-
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