マスター。
ある一人の女性の話なんだが。

その女性・・・「美奈」とでも呼んでおこうか。
俺の同級生で、小学校・中学校で何度か同じクラスになった。

俺と美奈が中学生の頃の話なんだが・・・
その日はクラスの友達数人で、渋谷へ出かけていたんだ。
買い物して、その後カラオケにでも行こうって。

その時、事件が起きた。
マスターも覚えているかな。十数年前の渋谷の通り魔事件。
何人もの人が大怪我をして、一人は亡くなった、あの事件だよ。

俺たちはまさにその事件の現場にいたんだ。

こ汚いジャンパーを着た男が、わけの分からないことを喚きながら、ナイフを持って通行人に切りかかっていた。

その男は、俺たちのことも殺そうとしてたんだ。
走りよってきて、血の付いたナイフを振り回して。

もちろん俺たちは逃げようとした。
でも、仲間の一人が、転んじまった。
転んだのは美奈だ。

通り魔は当然美奈を標的にした。
近くにいた俺は、必死で美奈を抱き起こし、通り魔のナイフをかわそうとした。
しかしかわしきれずに、背中に傷を負ったんだ。

もうだめだと思い、美奈だけでも逃がそうとしたその時、数人の大人が通り魔に飛びかかり、押さえつけた。
俺は背中の痛みで動くこともできなかったよ。
その傷は今でもはっきり跡が残ってる。


別におれは特別美奈が好きというわけじゃなかった。
その事件のあった日も他の娘が目当てだったしね（笑）

でもその事件の後、すまなそうな顔をしながら何度も見舞いに来てくれた美奈を見ていると、何だか情が沸いてきてね。
それ以来ずっと気になってたんだ。

でも気持ちを伝えられずにいた。
彼女が俺に対して引け目を感じてる、その弱みにつけこんでるような気がしたのかも知れない。


美奈は明日、結婚するんだ。
俺も披露宴に招待されてる。
ぜひ来て欲しいって言われたよ。

どんな顔して会えばいいんだろうな。

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美奈さんがご結婚されるからといって、貴方の気持ちを整理しなければいけないって事はないんじゃないでしょうか。
答えを出すのはもっと先でもいいんじゃないですか。

急いで結論を出してしまったら、貴方の十数年間の想いが可哀想と言いますか、もったいないと言いますか・・・そんな気がします。

出すぎた事を言ってすみません。
次の一杯は私がおごりますよ。