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  • from: ぽっぽさん

    2022/10/18 05:23:43

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    波照間島ァ~! 小浜島ァ~!

    さて、今回の2島(波照間島・小浜島)は、「石垣島」から船で参りました。

    【波照間島】 2005年10月7~9日 (いつものダイビング仲間2名・夫婦)
    ・波照間島は北緯24度2分・統計124度47分、石垣島から南西56km。  「はてるま」とは「果てのウルマ(サンゴ礁)」のことです。
    2~6月には「はいむるぶし(南十字星・サザンクロス)」が見えるとのことです。
    (下の写真のごとく「日本最南端平和の碑」があります)

    ・下は2連泊しました「青空荘」です。  
    星空が綺麗でしたが残念ながら星の写真がありませぬ!

    ・星空荘で「三線」の演奏を演奏を聴かせてもらいましたヨ!
    (宿泊しているお医者さんとのことでした)

    ・朝、「アカハチの碑」まで散歩に行って参りました。
    アカハチ(オヤケアカハチ)」をネットでは・・・
    『「オヤケアカハチ(遠弥計赤蜂、於屋計赤蜂)」は、沖縄県の石垣島の大浜村(現在の石垣市大浜)を根拠地とした15世紀末の豪族の首領である。

    「オヤケアカハチの生誕地」は波照間島で、幼少の頃から豪傑としての頭角を表していたという話があるが、不詳。  波照間島には生誕記念碑がある。

    琉球王国(中山)側の歴史資料上には大浜の一豪族として登場している。
    曰く、「妻は石垣村の長田大主(なあた うふしゅ)の妹の古市(古乙姥、くいつば)。
    オヤケアカハチは八重山の首領として島民の広範な支持を背景に、中山への朝貢(ちょうこう)を2-3年断ち、さらには我が臣民である宮古を攻めたため、1500年2月13日に琉球軍の軍船大小100艘、琉球兵3,000人を送り込み、これを討ち取った。」とある。これがオヤケアカハチの乱である。』・・・とあります。

    「波照間島」も写真が少なくて・・・(T-T )

    【小浜島】 2004年7月5~6日 (ダイビング仲間2名・夫婦)


    小浜島」をネットでは・・・
    『「小浜島(こはまじま)」は、八重山諸島の島で、行政区分としては「沖縄県八重山郡竹富町」に属する。

    八重山列島のほぼ中央に位置しており、島の最高地点である標高99.8 mの大岳(うふだき)からは八重山列島の島々の大半を一望することができる。
    ヨナラ水道を挟んで西側に隣接する西表島との距離は最狭部で約2 kmであり、かつて竹富町役場の西表島移転に絡んで架橋が構想されたこともある。』・・・とあります。

    ・「小浜島」に関する「沖縄旅行記(WORD)」には・・・
    小浜島の「はいむるぶし」宿泊は、以前にツアーに申し込んだがダメ(理由は?)になったことがあるのでリベンジ!
    「はいむるぶし」とは「南十字星」の事。 
    NHKTVドラマ「ちゅらさん」のお蔭(笑)で何もかもピカピカ!
    ・・・としかありませぬゥ~! フッ!

    ・「旅行記(ノート)」の記述も上記と似たような・・・
    しかも写真は「アナログカメラ(フィルム)」が数枚あるだけでございました。
    下は小浜島の港と海岸の風景ですが、アナログカメラですので不鮮明でございますゥ!

    左は「TVドラマ:ちゅらさん」で使われました「」で、右は海岸に咲いていました「ハマヒルガオ」です。
    アーア! 小浜島も写真が少なくて・・・ごめんなさぁ~~~い! o(TヘTo)

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    魔王

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