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from: 沙羅(Sarah)さん
2013年07月30日 03時31分33秒
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読経
お経を ただ目で読むのと、声にだしてお経を読むのと、
他の方はどのような 気持ちで読まれているのか分からないのですが・・・・
お経を、声に だして 読む時は、声<音>になって 自分の身体の外に放たれ、空に波紋すると思うのですね。
わたしの場合は、自分以外の モノとのコミュニケートでしかないので、一人でただ自分が読んでいるという事はないんですね。
声<音>に出すときは、当然心が篭りますから、祈りとか願いとか、そのような思いが入ります。多分、自分を守るあらゆるモノに対してです。
そうでなければ、お経を読むという行為とはいったいなんなんでしょう?と思うのです。
一人で読むのも、声を出すのも、どちらも同じで変わらないのでは困るので、
心を篭めるという行為は、必ずしも、お経の文字の意味をただしく理解したり認識するという注意よりも、ただ心を篭める・・・・声<音>に乗せる自分の心が神々に届くように・・・・・
ただそれだけの気持ちで、お経は読みます。あとは、色々な反応が返ってくる様なのだけど・・・・・確かに、観音経は、人間臭さが強い情動的なお経ですし、般若心経は、哲学的で、超越的です。
今の処、般若心経ばかりなのですが、住む土地から感じるモノかも知れません。
西洋のキリスト教の祈りの言葉も素敵な言葉はありますから、時々気分がのると、読んだりします。
要は、祈りでもお経でも、読む人の 心<魂>如何ではないか?思います。-
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コメント: 全1件
from: yeshangさん
2013年08月03日 21時39分55秒
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法華経では、この経を読み(目で)、念じ(声を出して読み)、書写し、説き広めるようにとありますが、学習し習得し、経験を積むには五感(眼耳舌身意)をフルに活用して、そこから得る声香味触と心の実感で受け止めることによるのが効果的なのでしょう。
読経も経を眼で見て、口に出し、それを耳で聞いて、身に感じる・時には写経し、心に思うところに意味があるのではないかと思います。
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