新規登録がまだの方

下の[新規登録]ボタンを押してコミュニティに登録してください。

登録がお済みの方はこちら

コミュ二ティポイントのご案内

詳しく見る

続 哲学〜真理〜探求について

続 哲学〜真理〜探求について>掲示板

公開 メンバー数:6人

チャットに入る

サークル内の発言を検索する

サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。

閉じる

  • from: 沙羅(Sarah)さん

    2013年12月15日 00時34分27秒

    icon

    日本旅行




    個人的には、集団で祈ったり、何処か神域場所に、仲の良い友達と行くのは苦手なので、一人で行きたいと思うのですが、ここ、数年、どうも勝手がちがう。
    高千穂行ってこようと思って、、、と話すと、沙羅さん、わたしも一緒に行っていいですか?と、尋ねて来る人がきて、断れないわたしは困っている。
    今度は、黙って行こう、、、と思っていたが、今年はちがった。家族(子供)となると勝手が又違う。でも、
    幸い子供も、親と一緒に旅行したり神域に行って参拝する事を好まないので助かった。


    子供は、今年9月どこかのぶどう園でぶどう狩りのアルバイトをし、3週間の日本ヨーロッパ往復代と、日本縦断旅行金を貯め、友人と日本に行くと言う。
    つまり、日本行きのお金は、自分で稼ぐ。親の援助はイラン!という事らしいので助かった。

    娘にとっては、10年振りの日本だと思うけど、日本の祖父母が高齢なのも日本行き決心した理由の一つなのでしょうと思う。日にちも飛行機も私と違うので、携帯を持つのが嫌いな子どもとの連絡は結構大変だった。それでも、10年振りに降り立つ日本、そして私の実家は、横浜のJRの駅からタクシーでワンメーターで来るから、「タクシーで来なさい」・・・と言ったのに、タクシーなど乗った事ない子供は真夜中、知らない道を、30分程歩き、見覚えのある祖父母の家を見つけてきて、祖父母を仰天させた。
    何しろ、駅まで迎えに行こうか?といっても、「何時に着くか?わからない・」・・という調子なのだ。
    夏、コルシカ島一周、テントや山小屋に泊まりながら毎日6,7キロ歩いていた子供にしてみれば、50メートル歩くとすぐコンビ二や自動販売機がある日本の地は、車に乗って目的地に行く?という認識には至らない。


    日本に着いて数日後、「富士山に昇ろうと思うんだ」と言う。12キロのバックを背負いバックパッカー姿、「今夜、何処に泊まるの?」と聞くと、「わからない、でもテント持ってるよ」と応え、出かける準備をする。「富士山の後は何処行くの?」というと「多分京都かな?お膳立てされた旅行は、旅行ではない・・・」というのが、この年齢の子供達の価値観らしいので、その言葉がはやった時代背景と今はズレていると母親は思うけど不必要な衝突を避けたい母親は黙っている。

    娘は、数日前仏語のNETで調べ、「ママ?京都には、哲学の道ってあるでしょう?」と、聞いてきた。仏語の京都観光案内に、哲学の道として、案内されているらしかった。ヨーロッパ人の彼らのメディテーション<瞑想>は、歩くという行動と一体なので、思索の道、京大の教授だった西田幾多郎哲学者が歩いた道が、フィロソフィー(哲学)の道と名づけられた事に、娘の名前が智慧<ソフィー>からきている事にピンときたのかも知れない。ラテン語で哲学フィロソフィの、フィロは「愛す」ソフィーは「智慧」。智慧を愛すという意味である事。そんな子供が
    清水寺とか、三十三間堂とか、あまり知られた処を観光したいとは思わないらしかったらしい。「携帯は要らない」という子供に「日本で何かあったら、祖父母がまず心配する」と頼み、わたしの携帯を持たせ、2週間の日本縦断旅行に出かけさせた。

    後で、分かった事だけど、娘達は11月18日にフランスへ帰国したが、その後、日本に残っていたわたしは旧友が行きたいと云って誘ってきた 2,3日関西旅行を共にした。友人が行きたいと云った京都の吉田神社に行き、南禅寺を訪ねた。京大の横から入る吉田神社から南禅寺がある場所辺りを 「哲学の道」と呼ばれるらしかった。つまり、京都の旅は、別行動でも、母娘、結局同じ道を歩いていた事になるらしかった。しかも、京都旅行をお膳立てしたのは、全てわたしの友人と言うのが面白い。

    ところで、親子で日本に滞在したり旅行をする事もあまりないであろうと思い、旅行中、鹿児島の指宿まで足を伸ばしている子供に、15年振りに、石見<島根>のお墓参りをしないか?と誘ってみた。
    結局、14日の夜、娘と友人は、鹿児島、指宿から石見(島根)まで途中がけ崩れで崩壊したJR線をバス代行に乗り換えて、1日かけて来た。15日翌日お墓参りをし、横浜の実家に帰り、数日後、娘達は、先に18日には成田から早朝離陸するはずであった。

    わたしの方は、11日、行きたかった 那智の滝と熊野に行き、厳島を旅行し島根に入り、子供達と合流し関東に戻ってこよう?という予定を組んだ。14日に島根の石見で娘と合流する前日、岡山から、日本海側に向け、30年振りに出雲大社にお参りしようと思い、たまげてしまった。わたしがノコノコ知らずに、出雲大社に行った日は11月13日の日だった。出雲の駅について、殺気立っていたので、どうしたのか?と思っていた。この人ごみは何処から来るのか?持っているバックをロッカーにあずけたいのに、空いているロッカーはひとつもなく、変りにJRの駅員が、400円で預かる仮設の荷物預かり所をつくり、50人ほど観光客が並んでいた。唖然として、私鉄で出雲大社に行こうと思ったら、今度は私鉄の駅員さんに、
    「荷物500円であずかります」、・・・私を見て話してくるので、「駅のロッカーは、300円ですけど?」と返事すると、「でも、空いてないでしょ?」と応える。しかも、「出雲の神様のおかげなんですよ」とホクホク顔で返答するその姿はどう考えても営利目的の為に存在させられている神様はお気の毒である。

    そこで、その日11月13日は神在祭の日で、八百万の神様が、出雲大社に集まる日だという事に、はじめて気がついた。「遅い!」

    あぁぁ、、30年以上振りに出雲大社行こうと思った日、神在祭?????、結局、臨時に出たバスも、渋滞で前に進まず、ギューギュー詰めのバスの乗客に「ここで、歩いて行った方が早いデスヨ、お客さん」と云われ、出雲大社の何キロも手前でバスを降ろされ、大行列で歩いた。途中、知り合いのメイルが届き「割り子蕎麦を食べたらいい」と送信してくる。「割り子蕎麦?」を、食べさすレストランも一時間以上の長蛇の列。しかたなく、空腹で死にそうなので、善哉だけ食べ、雨も降ってきた。どうこうしているうちに疲れてしまった。わたし、ナニしてんでしょ?????でありました。

    • サークルで活動するには参加が必要です。
      「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
      ※参加を制限しているサークルもあります。

      閉じる

    • 0
    • サークルで活動するには参加が必要です。
      「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
      ※参加を制限しているサークルもあります。

      閉じる

    • 0

    icon拍手者リスト

コメント: 全0件