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吉田拓郎ファンサークル

吉田拓郎ファンサークル>掲示板

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月23日 08時18分20秒

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月20日 08時42分57秒

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    ラジオの青春 ライナーノーツ 2

    2024.11.20 Wed

    ミニアルバム「ラジオの夢」のオ-プニング1曲目「Address Unknown」は

    おそらく多くの方々が(極端に豪放磊落な人を除いて(笑)この曲のエンディングに

    入ったあたり(多分・・)から・・きっと・・いや・・もしかしたらかな?

    ・・ちょっと・・ウルって・・なるんじゃ・・ないかな・・って・・涙は無くとも・・感情が・・自然に・・

    実は、これは僕のアイデアではありません

    武部聡志の入魂のアウトロに、僕自身も・・熱い気持ちが生じて・・「ア-ッ」って

    「お-うう・・タケベえ~・・やられたよ-!そう来たかあ~これは、さすがに・・ナイスアイデア

    僕もジ-ンとしちゃった、まったく考えつかなかったヨ-・・やられました」

    もちろん、この曲の「そこまでの歌詞の流れ、とメロディ-ラインを意識したストリングスなどの

    アレンジ」が、すべて素晴らしい!からこそ・・このエンディングへと導かれるわけなのですが

    「時代は先を急ぐ旅人のように、僕達を待ってはくれない・・・

    早合点の君もノロマな僕も、みんな巻き込んで流れて行くよね・・・

    それは君と僕にはどうしようもない、背負った荷物はどこに下ろせばいい・・・

    あの頃ってなぜか皆んなこわい物知らず、間違いだらけのままで決断をしたよね・・・

    あれはきっと夢だったんだ、今夜もそっと味わうビ-ルの泡の中・・・

    ちょっと重たすぎて投げ出したい夜に、誰か話し相手になってもらいたくて・・・etc」

    まあ、かいつまんで「こんな歌詞が流れて行く」わけです

    そして・・その・・エンディング(フェイドアウト・・かな?って思わせて)・・あ!言っちゃった!

    アハハ・・・ダメじゃ-ないかあ-・・・って・・・誰も言ってないのですが・・・

    今回のアルバムで武部聡志が「やってみせたサウンド・アレンジメント」の奥の深さは秀逸でした

    基本的に「生のストリングス・ブラス」はもちろん「ドラム、ベ-ス」等の基本的なリズムセクションを

    すべてスタジオセッションで収録する、というアレンジメントは大正解でした

    本当に「音楽って、いいなあ」が久しぶりに味わえた瞬間だったと感激しました

    --------------------------------

    「五月の風partⅡ」では

    戻れない季節への哀愁と、今という現実を感じながらの「希望」を込めて

    私たち「永遠の旅人」が、ラジオという「架空の青春」の空間で出会いながら

    つかの間の休息を「共にしよう」と歌います

    だから・・修正無し・・1発録りOKのボ-カルにこだわったのです

    --------------------------------

    3曲目は「骨まで愛して」

    これはもう・・原曲の城卓也が歌うカントリ-系バンド風のアレンジが

    あの頃の流行歌の中でも「斬新さ」で群を抜いていたし、エレキギタ-が聴こえるサウンドなんて

    歌謡曲というイメ-ジでは、まさにnewだったので、僕が飛びついたのも当然だったと思う

    「ぷらいべえと」というアルバムで敬愛する作曲家、浜口庫之助の「夜霧よ今夜も有難う」を

    カバ-した時のレコ-ディングで、僕が8ビ-トのフラットロックなギタ-ストロ-クで

    ドラムとベ-スを引っ張った時の「気持ち良さ」を再現したくて、アレンジの武部聡志に

    デモテ-プを渡したら・・・さらに「上を行く」ノリノリのドゥ-ワップ感覚のブラスアレンジで

    (アルト・テナ-・バリトンの、サックス3本によるセクションは最高!)

    とにかく最高のフィ-リングを作り上げてくれて、思わずスタジオで歓喜の雄叫びを上げたのだ

    また1つ「想い出に残るレコ-ディング」が増えた・・心から幸せである

    --------------------------------

    4曲目は「真夜中のレタ-」

    フォ-クビレッジのテ-マソングは、当時は番組用だったので1コ-ラスの作詞だけだった

    アレンジはアルバム「人間なんて」で、何とも流行のフォ-クミュ-ジックらしくない!!

    むしろB,S,Tとかシカゴを意識した木田高介のアレンジによるブラスロックでのRecを選んだ

    後に僕がフォ-ライフからインペリアルへ移籍し、鳥山雄二と二人だけで

    旧曲のカバ-アルバムを発売した時に、このテ-マソングの2コ-ラス目を書き足して

    「僕等の旅(CMソング)と合体させた「Oldies」を録音した

    そして今回、やっと、この未完の・・されど大好きなメロディ-に「フルで作詞を完成」

    胸を張って「この曲を聴いて下さい」と言える日が来た事がなにより嬉しい

    「君の心に触れる夜 涙拭かずに歌いたい

    君の言葉を抱きしめる 僕の気持ちを打ち明ける

    今夜の僕等は 地上の星屑 せつない時間を旅する」

    --------------------------------
    最後の曲は「主役」

    「私のような高慢ちき 鼻持ちならない意地っ張り

    私のようなへそ曲がり 何を言っても うなづかないよ

    私のような自己ちゅう よせばいいのに強情っぱり

    ついでに言えば引っ込み思案 つき合い下っ手くそ ごめんなさい

    この世界中 私は たった1人の存在  私と同じ人間は この世に他にいやしない

    私が歩くこの道  映画のようじゃないけど

    主役はきっと私です  生きているからわかるのよ」

    私たちは、この世に生を受けた時から「それぞれがそれぞれの」ドラマを演じる主役である

    人生というドラマは、それこそ「生きてみないと」不可解なスト-リ-展開も含めて

    予測不能であり、なかなか台本通りには進行してくれない

    まあ・・だからこそ・・生きる歓びや驚き・・に出会える瞬間が楽しみでもあるのだ

    このアルバムを聴いていただいた皆さまが

    ほんの一瞬でも、ご自分の「蒼かった青春」に想いを翔ばして

    笑顔になられる事を心より願っております

    そして今夜は是非・・・1杯のビ-ルで・・・ご家族で乾杯を

    ビ-ルの「泡」が消えるように、私たちの「蒼い夢」も美しく消えて行きますよ

    2024年11月20日  拓郎

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月18日 21時46分04秒

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    ラジオの青春 63(最終回)

    2024.11.18 Mon

    記憶の限界に挑戦しながらエッセイを書いて来ました

    多くの方々からの応援を受けながら今回のミニアルバム完成に挑戦しました

    長年の友とも言えるラジオとの青春の日々を「何とか歌えないか」

    ラジオに、そして時間を共有し応援してくれたリスナ-に

    番組を支え続けてくれたスタッフに感謝の気持ちを込めて

    「歌いたい」と真摯に思ったのです

    曲を作るに当たっては古い記憶を掘り起こす事の限界もありましたが

    現状でのANNGとの付き合いの中で、多くのリスナ-からのメ-ルや手紙が

    作詞する上で大いに素敵なアイデアを生み出させてくれたのは事実です

    この事は70年代にTBSパックインミュ-ジックを担当中に

    リスナ-からの手紙やハガキから素晴らしい曲が生まれた「物語り」と同じで

    やはりラジオという存在は、話す側と聴く側との間に「あうん」の呼吸のような

    何かを生み出す空間だという事を証明しているように思います

    完成したミニアルバムは

    *僕にとっても人生の最終章まで「青春を共に話しあえる」

    大切な友人となる事は間違いありません

    *そしてラジオを通じて実質上の距離などとは関係なく

    すべてが同次元でのリアルとしてリスナ-の皆さんと語り合える

    貴重なる空間だったという、この素晴らしい体験は

    想い出という宝物を抱きしめて生きる、僕の青春の証しとなるでしょう

    今回このペ-ジを連載するにあたって協力していただいたavexのスタッフに

    心から「ありがとうございました」と申し上げます

    ミニアルバム制作へのお力添えにも深く感謝いたします

    短い間でしたが・・ご愛読いただき有り難うございました

    これからも、才能あふれる若いア-ティスト達の活躍をあたたく見守りながら

    ご一緒に応援して行きたいと思います

    皆さまの永遠なるご健康とお幸せを心から願うものであります

    2024年秋  吉田拓郎・佳代

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月15日 15時44分36秒

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    ラジオの青春 62

    2024.11.14 Thu

    ネット社会の利便とは逆に・・だから拡散するフェイクには大いに注意が必要だ

    「私が本当の事をお話しします」的なインチキ情報が多く存在し

    そんなデッチ上げにも、少なからず動揺をしてしまう・・私たち人間の弱さでもある

    「フェイク」を気にしながらの日常なんて

    歌詞を書く気にもならない、つまらない世の中である

    (と言いつつ・・年内に仕上げなければならないビッグからの作曲依頼に没頭中)

    1:昔、あるテレビ番組でFという人にリハ-サルの手順を知らなかったがために

    人前で叱られたが・・彼とその場で「言い合ったり、ましてや暴力を振るったり」

    そんな「ありえない、愚かな行動」を私達二人は、とったりしてはいない!

    その場は腹立たしかったが・・僕はキッチリと本番を収録し、そのまま帰路についた

    その時に味わった個人的な気持ちは複雑なものだった

    しかし、そんな事よりも僕がその時に強く思ったのは「無知だった僕を先輩たちが

    サポ-トしてくれるのではない・・そんな体質の古い芸能界への怒りであり

    いつの日か将来、必ずや、彼等が吉田拓郎に出演をリクエストして来る!

    その日が来るまで「僕はひたすらに良い歌を作り続けて行くのだ」という

    まさに「決意」を誓った出来事だったのだ

    このエピソ-ドに、これ以上、これ以下の真実は絶対に存在しない!

    2:「夏休み」という曲は反戦歌なんかで・・あるはずがない!

    この曲から反戦歌なんて事をイメ-ジする人の「脳の中」を見てみたい

    戦争が許されるわけはない、誰もが今すぐ戦火が消える事を祈っている

    日本も2度と、あのような愚かな行動を犯してはならない

    そういう強いメッセ-ジを込めた真実の歌が、この世に存在するならば

    それを僕も「反戦歌」と呼ぶ事になるだろう・・が・・

    吉田拓郎が作り続けた「僕の歌」は、当然だが「僕の個人的な思い」に過ぎない

    はっきり言えば僕は「伝達者としては失格」であるし・・それを望んだ事も無い

    あの「夏休み」で・・ある日、偶然にも誰かが同じ思いを共有する事はあっても

    あくまで、それは偶然であって・・あの曲にメッセ-ジなんて・・あり得ない

    「皆んな!こうだよな」と説得したり、誰かに共感を強引に求めてなんかいない

    「夏休み」は、まさに僕の「絵日記」で、子供の頃に抱いた淡い憧れへの1編なのだ

    このエピソ-ドに、これ以上、これ以下の真実は絶対に存在しない!

    3:キャンディ-ズに「やさしい悪魔」を提供した事は大いなる誇りでもある

    喜多條忠の作詞が届いた時「これはシャッフル風のアメリカンオ-ルディ-ズで」

    と、直感的に思って、すぐに歌詞を見ながらエレキギタ-でEmのブル-スっぽい

    アドリブメロディ-を歌ってみた

    サビ部分「ア-・デビルやさしい悪魔」の所が・・英語っぽくしたいのに・・乗れない・・

    元々の歌詞は「ア-・デビルやさしい悪魔、ア-・デビルやさしい悪魔」となっていた

    「ア-デビル」と「やさしい悪魔」の間に何か言葉を入れたい・・それも英語で

    何百曲とある僕のアメリカンオ-ルディ-ズコレクションを引っ張り出す

    キャンディ-ズが歌うのだから「ちょっと可愛い、ちょっとコケティッシュ」な感じ

    元の歌詞の「ア-・デビル」を「ア-・ア-・デビル」とア-を1回増やして

    そして、すぐに「やさしい悪魔」と歌わないで・・ここに「簡単な、でも印象的な英語」を

    まずは「コケティッシュなデビル」と歌ってみる

    「ア-・ア-・デビル・コケティッシュなデビル」・・・・これは全然・・変だ!

    あれこれ・・色々・・当てはめているうちに「my sweet little devil」にたどり着いた

    これだ!これならバッチリ!ハマったあ-!

    喜多條に電話「ここんとこ、ちょっと俺が歌詞を付け加えるからな、文句ネ-ナ!」

    さてスタジオでキャンディ-ズとのレコ-ディングとレッスン

    巷では「拓郎はキャンディ-ズファンだから、彼女達と多くの時間を共にしたくて

    難しいメロディ-やコ-ラスアレンジを作ってスタジオ入りし、楽しい時間を過ごした」

    この!大バカヤロ-!!

    どこのバカ男が、そんな無意味なカッコ悪い事を企画するんだい!

    確かにボ-カル入れは大変な時間がかかった、夕刻から次の日の早朝まで頑張った

    B面の曲はミキが歌う事になり、この歌唱指導まで僕は彼女達と頑張った

    「やさしい悪魔」はハ-モニ-を付ける場所がデモでは決めてあったが

    やっているうちに「ここも!ここにも!」と現場でアイデアが浮かんだので

    ますます時間がかかったが・・・仕上がりは大満足だった

    彼女達も大いに疲れたはずだが・・最後まで楽しく、実に良く頑張ってくれた

    プロフェッショナルな仕事を我々は常に100%を目指してやっている

    それは現場がアイドルであろうがベテラン歌謡曲歌手であろうが

    売れようが売れなかろうが・・・そんな事は「神聖なるスタジオ」では、どうでもいい

    僕は若い頃にラジオなどで「レコ-ディング現場でのエピソ-ド」を

    番組用に「おもしろおかしく」語った事があるかも知れないが

    キャンディ-ズが好きだから、難しいアレンジにして、一緒に長く居よう・・バカか!!

    このエピソ-ドに、これ以上、これ以下の真実は絶対に存在しない!

    4:「流星」は僕にとって大切な青春の時を過ごした街「原宿」へのラブレタ-である

    この経験は誰にも理解不能な事であると、僕自身が後に痛感したのだが

    30歳を超えた頃から僕の心の中で急速に変化が起こり始めたのだった

    それを、かまやつひろしは「老成」と称して、ある夜、酔った勢いで僕に

    「アンタ老けちゃってるよ」と痛々しく告げたのである

    もともと70年代の初期にフォ-クと称して曲を書いている連中の作品の中には

    「これって本当に20代の若者が書いた詩なのか」と思わせる

    言わば「老けた作品」が時々あった事は本当である

    それが僕には、なじめないし、書けないし・・好きになれないパ-ツでもあった

    だから僕の作詞は某音楽評論家から「まるで絵日記みたいに幼稚」と馬鹿にされた

    でも僕には確信めいたものがあった・・時代が変わって行く今こそ

    若者文化は若者達が作るのだ・・もう先人の教えには頼らないし気にしない

    僕は僕の言葉で、僕の心情を歌にする

    気がつくと、この若者も30歳を超えて、後ろには10代20代の血気盛んな若者が

    「お-い!そこのオヤジい-・・邪魔すんなよ-・・俺達の道をふさぐなよ-」

    と叫んでいるような気がするようになっていた

    そんな心境のある日、愛する表参道を歩いていたら、歩道橋から降りてきた3~4人の

    10代と思われる華やかな少女たちの存在に・・ただボ-ゼンとなってしまったのだ

    意味なんて無い!・・人間の脳を刺激する突発的な景色に理由なんて無い!のである

    そして、立ちすくんでしまった僕は、その「少女達こそが中心」の今の原宿、表参道

    という景色(情景)に、強く「憧れる・憧れている」自分を発見したのだ

    と同時に、その景色の中に「自分は、もう居ないのだ」という現実も見えて来る

    僕のような「使い古し」ではなく、活き活きとした「若者達」がとけ込んだ表参道

    そこから逃げるように自宅へ帰って、机に向かったのだった

    「僕は上京してから、何もかもを急ぎ過ぎていたのではないか?

    たった10年しか経っていないのに・・あまりに多くの出来事に巻き込まれていないか

    そんな中で、気がつかないうちに老成という言葉が似合う人間になっているのでは?」

    新しい事を新しい感覚で新しい時代のために生きていたはずだったのに

    「いったい僕の欲しかったものって・・何だったのだろう」

    このエピソ-ドに、これ以上、これ以下の真実は絶対に存在しない!

    5:「我が良き友よ」は元々すでに完成していた楽曲の中の1曲だった

    大学時代に同級生で応援団所属のF君と親しくなった

    何が僕達を引き寄せたか・・は・・わからないが・・同じクラスだったので

    何かと話す機会が多かったのであろう・・クラスのコンパ(飲み会)などでも

    気が合う関係だったような・・記憶がある

    当時、日本中の大学のクラブ活動における暴力(しごき)事件が頻繁に起こり

    廃部や休部になる部活が増えていた時期である

    我が大学でも応援団が休部に追い込まれ、応援団長の候補だったF君は

    自ら学生たちに声をかけて、同好会的な活動で窮地を乗り越えようとしていた

    その純朴な姿に僕も心を動かされ、後援会員として名簿に参加したのであった

    F君をモデルにした作詞は、我ながら、時代錯誤も逆手にとって楽しめる

    愉快な1作と思っていて、次のアルバムに入れる予定だった

    かまやつひろしとは「シンシア」で共演して、実にフランクで楽しい先輩だ

    という認識だったが・・まさか「新曲を書いてくれ」なんてリクエストが来るとは

    思ってもいなかったのが事実である

    彼は元々カントリ-ミュ-ジック出身の人だ(シンシアはそんなテイストで作った)

    もし又、作るなら、そこを意識しようかと考えてみたりしたのだったが

    ムッシュがソロで歌う世界って「どんな感じ」という具体的なアイデアが

    まったく浮かんで来ない・・「こりゃ-僕には書けないや」と、断りを入れようと

    依頼元の東芝EMIのディレクタ-に連絡をとった

    その時、偶然に、出来たばかりのF君モデルの「あの曲」の事が頭に浮かんで

    「ちょっとムッシュには合わないかとも思うけど・・こんな曲があるんだ」

    とりあえず、ディレクタ-氏にデモテ-プを送る事になった

    彼等も、その時「これはムッシュにはどうか?」と悩んだと後に本人達から聞いた

    実は、この曲の決定には場外秘話が1つ存在する

    六本木にあった、行きつけの地下カウンタ-バ-「レブレ」での出来事

    ムッシュからの呼び出しで二人で飲んでいた時

    「今度の俺の新曲ってロックなニュアンスが無くてマイナ-調で歌謡曲だよね」

    「そうだよ、でも、それは僕のデモテ-プがそうなってるけど、今後のアレンジで

    ニュアンスは大きく変わる可能性はあると思うよ」

    「あ-そうなんだ・・で、そのアレンジって誰にやらせんの?」

    「今のところ石川鷹彦とか瀬尾一三とかにたのもうか・・って考えてるよ」

    「なるほど・・じゃ-、アレンジでロックなフィ-リングって出て来るかもね」

    「ムッシュ-・・俺さあ、はっきり言うね・・今のアンタはヒット曲が欲しい!って

    そう言ってたよねえ・・そしたらねえ・・ロックがどうとか・・歌謡曲が・・とか

    そんなコタ-どうでもいいんじゃ-ね-の・・今は売れるためにどうするか?

    もし、この曲をやる気があって、新曲としてヒットさせたい!とか

    本気で考えてるんだったら・・これまでの自分は・・あっちへ置いといて・・・

    例えば宣伝とかだってさあ-・・ただテレビで歌うだけ・・じゃ-なくて

    この際は、あまり過去にこだわらないで、会社が考える作戦に乗っちゃうとか」

    「あ-そうかア-うん・・そうだね・・今の僕は・・そこが大事かもね・・今だものね」

    アレンジは瀬尾一三に頼んでレコ-ディングが進み・・その過程で曲にとって

    最も重要で印象的なイントロを、しかもアドリブで弾けるエレキギタリスト

    もう僕にとって天才、高中正義しかあり得ない・・さっそく彼にお願いした

    そして、もう1つ・・何か足りない・・曲を楽しくさせながら・・哀愁も匂う楽器

    ムッシュの好きなカントリ-を意識してバンジョ-を入れよう

    こういうアプロ-チは松任谷正隆のオリジナリティ-が絶対だ

    こんな豪華なミュ-ジシャンが集まった楽曲だ、それだけでヒットの予感がした

    レコ-ド会社も事務所も出版社も、この曲のアピ-ルに奇抜な宣伝作戦を考えた

    奇想天外なアイデアだったが・・「ちんどん屋」を出そうと言う話しに・・まず驚き

    次に「舟での川下り」を出して舟の中から曲を流そうというアイデアも出た

    いずれも、それまでのかまやつひろしだったら、プライドで絶対に断っただろう

    現に、僕にも舟での同席(あれは・・確か・・隅田川)を求めて来たが

    「冗談やめてくれ!俺は忙しいんだ」と断った・・・あとで新聞や週刊誌を見たが

    「断って良かった」とホッとした・・はっきり言って僕には出来ない宣伝作戦だった

    と同時に「きっとキツイだろうに・・ムッシュ・・頑張ってるな」とつぶやいた

    チャ-ト1位になった数日後、ムッシュと朝まで六本木で飲んで・・吐きまくった(笑)

    このエピソ-ドに、これ以上、これ以下の真実は絶対に存在しない!

    *--------------*

    はてさて・・今後も・・こんな小さな1ミュ-ジシャンにまつわるエピにとどまらず

    社会を欺かんとする、ありもしないテメエ勝手な作り話や

    「そうする事」で自分だけ自己満足、自己陶酔する小心者のエセ発信が

    後を絶たない事は・・残念ながら・・・・・・で、あろう・・・

    私達はいったい何を信じて、どこへ向かって人生という旅を続ければいいのか

    ボブ・ディランは若くして歌った「The answer is blowin' in the wind」

    ディランの歌詞が、50数年経過した今、やっと僕にも(僕なりの解釈にすぎない)

    ちょっと勝手ではあるが・・

    「風」は私達1人1人の思いを感じながら「それぞれの道の途中」で吹いて来る

    私達は「その時々に」そこにある「風に吹かれ」ながら、ヒントを見出せば良いのだ

    (いやはや・・50数年経っても・・この程度の解釈とは・・)まことに面目ない

    *短期間ではありましたが・・怒濤のような(自分で言うか?)

    「連載エッセイ・ラジオの青春」を、次回掲載をもって終了させていただきます

    「単行本にしましょうよ」というお誘いを断り、最後までオ-プン企画として

    今回の「企画ミニアルバム・ラジオの夢」の付録としてフリ-掲載を断行しました

    このペ-ジを、楽しみに読み続けていただいた方々の

    今後の旅に幸あらんことを!心より願うものであります

    僕は今後も音楽と共に人生を半歩づつ歩んで行きます

    今年は木村拓哉さんの曲(特に歌詞に魂を込めました)がとても楽しかった

    来春には某ビッグの作品が予定され・・今もデモテ-プ作り中です

    音楽は永遠ですね?・・はい・・音楽は永遠です!

    2024年11月14日 拓郎

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月11日 14時00分30秒

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    ラジオの青春 61

    2024.11.11 Mon

    これは・・また・・海外なのか?・・いったい・・いつ?どこ?

    さっぱり覚えていない・・が・・ジ-ンズが少しパンタロンな広がり?

    と言う事は・・70年代は間違いなさそう・・

    あれっ!・・裸足じゃん!・・このポ-ズは・・ヒッチハイクで車を止める時の・・

    て・・ことは・・やっぱ・・外国か・・これもジ-ンズCMでのヨ-ロッパだろうか?

    て・・ことは・・これもスペイン・・

    実はスペインでは信じられないような「困ったレストラン」に入ってしまって・・

    もはや、何という街だったのか・・すら・・記憶に無いが

    首都マドリ-ドからドライブで闘牛の牛を飼っている町へ行こうという事に・・

    たどり着くのに2時間の車中(普通のセダンに5人乗りはキツカッタ)で疲れ果てて

    外も暗くなって来たので夕食をしようと言う事になった

    言葉はワカラナイ、スペイン情報も皆無な4人(タムジン・シブヤマネ-ジャ-・編集S・僕)

    運転は現地の日本人コ-ディネ-タ-(あの頃は世界中に日本人コ-ディネ-タ-が居た

    例えばアメリカでも、日本で就職先に出あえず、さほど語学力があるでもない人間が

    アメリカでヒトハタ上げよう的に・・安易に・・現地へ飛び・・日本からの僕のような

    オノボリサン相手にバイトで稼いでいる連中が沢山いたのである)

    とにかく何もワカラナイまま、1軒のスペイン料理店(と思しき店)に入って

    まったく読めないレシピを全員で「ア-だこ-だ」言いながら・・これまた英語も何も通じない

    店員と「笑ってごまかし・・ながら」数種類のメニュ-を注文した(けっこう時間がかかった)

    さて・・メニュ-が出てくるのに、予想通り時間がかかって、我々は数本のビ-ルも飽きていた

    「おい!まだなのか?キミちょっとキッチンへ行って話して来いよ」

    編集Sがコ-ディネ-タ-に催促した・・・・数分後、彼が帰ってきて言った

    「今やっと食材の野菜が届いたって言ってまして・・あと15分くらいで出来るそうです」

    「ナニ-ッ!ウソだろう!・・・メニュ-決めてからもう、45分はとっくに過ぎてるぞ-」

    ・・15分後・・たのんだメニュ-なのかどうかは・・わからないが(笑)とにかく料理が出てきた

    大いに空腹の我々はガッツクように目の前に並んだ数種類の皿へフォ-クを飛ばした・・・

    勘定を済ませて再び車中の人になった瞬間に全員が叫んだ!「マズ-イ!!」(大笑)

    (注)ご存知のように、スペイン料理は、素晴らしく美味しい事で世界的にも有名である

    2024年11月11日  拓郎

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月10日 13時16分41秒

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    ラジオの青春 60

    2024.11.10 Sun

    これはニュ-ヨ-クのダウンタウンを歩く僕だと思う

    タムジンのリクエストでN.Yでもタイムズスクエアなどの繁華街とか

    セントラルパ-ク周辺など有名な場所などでは撮影しないで

    好んで人通りの少ない、太陽が当たらない、まあ言わば路地裏での撮影になった

    (以前にもふれたが・・タムジン得意の撮影現場と言えば・・

    例えばハワイでもワイキキビ-チなんて、太陽がサンサンと降りそそぐ

    青い空、青い海に笑顔で立つ「若大将」的な画像は絶対に好まない(笑)

    たとえハワイであっても、彼は「背景に古い建物や、ツタなどが生い茂る」場所を

    選んで、そこに僕を立たせる人なのだ)

    当然N.Yでも、僕が個人的に行きたい!と思っているブロ-ドウエイとかは彼の眼中に無い(笑)

    現地のコ-ディネ-タ-に「周りがレンガのような建物で囲まれてる所に行こう」と告げる

    でも僕は・・タムジンを心から信頼して彼と共に音楽人生を歩んで来た事を誇りに思っている

    彼の選択を疑った事など無いのだ・・たとえワイキキビ-チで水着姿の女性たちと一緒の

    笑顔いっぱいの写真を撮りたい・・と内心で思っていた・・としても・・

    「このツタが、からみ合う雰囲気がいいんだよなあ!」と拍手を送り

    N.Yに居るんだから、ダコタハウスって、ジョンレノンの住んでたアパ-トの前で1枚どうだ?

    などとオノボリサン的、ミ-ハ-な希望が・・内心はあった・・としても・・

    「レンガ造りの壁に囲まれた狭いこの道を歩く俺って・・絵になるんだよなあ」とポ-ズをとり

    心の中でこっそり「why?」と叫びながら(笑)撮影が一刻も早く終了する事を願っていたのだった

    2024年11月10日  拓郎

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月10日 01時10分12秒

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    ラジオの青春 59

    2024.11.09 Sat

    こりゃ-何だ!

    持っているのは最も初期の頃のフェンダ-テレキャスタ-だ

    エレック時代に「ナケナシの経済力」で手に入れて

    フロントピックアップをシングルコイルからハムバッカ-に交換してある

    その後「Live73」当時までは使っていたと記憶するのだが・・・

    どうやら、ステ-ジでのLiveが終わった瞬間か?

    その逆で、これから開演というシ-ンかも?

    後ろに見えるマイクスタンドから推察すると・・

    アコギ用のマイクもセッティングされていたり・・椅子が置いてある・・

    という事は・・座って弾き語りもやった・・もしくは・・これからやるか・・

    推測するに・・短い期間だったが同じ事務所の後輩グル-プ「猫」を

    バックバンドにしていた時期があった

    その頃の画像かも知れない

    「猫」はロックバンドではなかったから強引にエレキギタ-や

    やった事のないドラム(内山だったと思う)をやらされたりで大変だった

    ベ-スはミニバンドの井口が担当していた

    (後に猫には石山が正式メンバ-として参加、石山は僕のアルバムやLiveにも参加するが

    当時のアレンジャ-やミュ-ジシャン達の「これからのベ-ス」という意向と合わなかった)

    さて・・カメラマンのタムジンは、当時は僕の「すべての旅先(単独の全国ツア-以前も)」に

    同行していた記憶がある

    だから彼の自宅には、僕の知らないネガが・・多分まだまだ膨大な数量で

    眠っているのではないか?

    昔から彼は、撮影した多くの画像の中から「自分の判断で選んだモノ」だけを

    チョイスして僕に見せる人だったから・・お蔵入りの写真がいっぱいあるだろう

    でも、まあ・・彼の、僕に対する「映像的な美意識」は大いに信頼していたので

    きっと「こんなの使えネ-よ」という・・

    当時のタムジン的な判断での「不要ファイル」という事なのだろう

    ・・・ではあるが・・・ちょっと・・・見てみたい・・・気もするね

    この項、続く・・

    2024年11月9日  拓郎

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月08日 16時52分49秒

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    ラジオの青春 58

    2024.11.08 Fri

    来週、石川鷹彦に会いに行く

    彼が不幸にも脳梗塞に倒れて・・月日が経った

    昨年、彼の自宅を訪ねて、僕の鷹彦への長きにわたる想いを伝えた

    現在の彼は、自分で動けるし自分の意思で日常を過ごせるのだが・・

    会話が不自由な事と、片腕が自由にならない後遺症に苦しめられている

    しかし、鷹彦(僕は彼をサンづけではなく、親しみを込めて呼び捨てにしていた)は

    生来の明るさと、奥様や家族の大いなる支えの中で、笑顔を絶やす事なく

    1日1日を「必ずや訪れる解放の日」を目指して頑張っている

    ある日アルフィ-の坂崎に、この話しをしたら「拓郎さん僕も石川さんにお会いしたいです

    是非とも次回は僕もご一緒させて下さい」と強いリクエストだったので

    今年の春、二人で石川宅を訪問した(アイツ・・俺の用意した車に同乗しやがった(笑)

    坂崎と僕が二人になると、どうしても、以前にやっていた「お馬鹿ANNG」調になってしまう

    鷹彦は、それが楽しかったらしく・・「また来いよ」って笑っていた

    アルフィ-は定番のツア-が始まったようだが・・坂崎は「次いつ行きましょうか?」と

    再訪スケジュ-ルを何回もチェックして来た・・結果・・来週という事に

    僕が上京してしばらく、不本意な音楽生活をおくっていた時期があったが

    それは実は、僕自身の無知が遠因だった事も認めざるを得ないと思う

    「レコ-ディング」という、最も重要な時間でなければならない瞬間を

    時代的な変化や、世界の若者文化が爆発する時を迎えているという現実を知らない

    そんな大人達のミスリ-ドに任せてスタジオ入りをしていた自分が恥ずかしい

    だが幸運の女神が、僕を大手メジャ-レコ-ドへと導いてくれる

    アルバム「元気です」は自分自身が命の水を得たように活き活きとした精神状態での

    レコ-ディングが続いた(1曲録音する毎に、新しいテクニックが生まれる歓びを感じた)

    参加ミュ-ジシャンも、当時は無名であっても才能豊かな若者が集まって

    日ごとに、彼等自身の演奏も多様なスタイルを表現するようになって行ったのだった

    そんな中にあって石川鷹彦の存在は、僕にとっては最大の意味を持つ事になる

    そもそも僕にとっては「フォ-クソングなんて、クソ食らえ」な時期だったのだが

    石川鷹彦の弾く、あらゆる楽器の演奏を「この目で見、耳で聴く」事になった瞬間に

    僕のフォ-クへの偏屈とも言えるイメ-ジが大きく変わったのだ

    「こんな美しい音色と奏法で楽器を鳴らすミュ-ジシャンが東京には居たんだ

    フォ-クとかロックとか・・そんな事・・どうだっていい!音楽をやるんだ!」

    そしてスタジオで彼の次々に出てくるアイデアの豊富さに再び驚嘆の連続である

    アコギはもちろん、フラットマンドリン、バンジョ-、ドブロ・・ついにはエレキギタ-やベ-ス

    そして・・・・

    **ちなみにアルバム中の「夏休み」は、まず12弦ギタ-で僕がフラットストロ-クを録音し

    次にリ-ドっぽい(エレキっぽい)アコギをギブソンJ-45で、これも僕が弾いた

    すべてロックバンド時代のテクニックで指弾きしたが、J-45の響きが素晴らしいのは

    アコギの録音の仕方を加藤和彦から学んだ後だったので

    Recエンジニアに録音マイクの位置等を細かく指示したのが見事に功を奏した

    そして曲は2コ-ラス目に右サイドから鷹彦のフラットマンドリンが入って来て

    3コ-ラスからは左にこれも鷹彦のバンジョ-が来る・・このアイデアも彼自身だ

    また「こっちを向いてくれ」はJ-45と12弦ギタ-のストロ-クは僕だが・・他の・・

    ベ-ス・フラマン・エレキビタ-おまけにピアノもすべて石川鷹彦が1人で演奏した

    ついでに「祭りのあと」のベ-スも鷹彦である

    こうして「音楽する事の楽しさ」を石川鷹彦が目の前で僕に見せてくれるスタジオワ-クは

    それこそ「夢にあふれた・笑顔と・希望と・自信とが」飛び回る空間となったのだった

    加藤和彦が示した録音テクニックと石川鷹彦が見せた見事な楽器プレイが

    その後の僕に、いかに大きな財産となったかは・・計り知れない

    *画像は昨年、石川鷹彦宅を訪ねた時の記念撮影

    鷹彦も白いものは増えたが・・あの人懐っこい笑顔は変わらない

    「もうすぐ又、時代遅れの漫才コンビが行くからね(笑)」

    2024年11月8日  拓郎

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月07日 16時35分48秒

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    ラジオ出演決定!

    2024.11.07 Thu

    11月25日(月)FM COCOLO「J-POP LEGEND CAFE」ゲスト出演決定!
    音楽評論家 田家秀樹さんのラジオ番組「J-POP LEGEND CAFE」にゲスト出演します!

    放送局:FM COCOLO
    番組名:J-POP LEGEND CAFE
    放送日時:11月25日(月) 21:00~22:00
    番組公式サイト:https://cocolo.jp/site/blog/1210/

    11/20にリリースするコンセプト ミニ アルバム「ラジオの夢」の全曲紹介にあわせて、
    田家さんとアルバムの内容や作品誕生の背景などをたっぷり語っていきます。

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  • from: 哲ちゃんさん

    2024年11月07日 16時33分18秒

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    ラジオの青春 57

    2024.11.07 Thu

    TAKEと会って来た

    70年代のキャンパスフォ-クブ-ムの頃

    彼やKITAJYOやOKAMOTO達みんな、ラジオ番組の構成作家という職業だった

    正確な記憶ではないが・・TAKEとKITAJYOは文化放送、OKAMOTOがニッポン放送だった

    3人3様の人生を進む事になるのだが・・2人はすでにアッチへ旅立ってしまった

    今回ミニアルバム発売に合わせての通常的なプロモ-ションは行っていない

    色々な番組からの、お誘いや取材の話しもあったが・・・すべてお断りさせていただいた

    この頃、僕は就寝前にベッドに入ってワイアレスイヤホンでアメリカンオ-ルディ-ズや

    好きだった海外ア-ティストのLive映像を30分くらい観る事が習慣になっている

    E・プレスリ-の「In・Hawaii」Liveでの、特にバンドのギタリストだったジェ-ムス・バ-トンの

    フェンダ-テレキャスタ-によるロックンロ-ルが大好きなのだ

    ある夜「たまには自分の昔のLiveでも観てみるか・・」と、収録した日やオンエア等は記憶に無いが

    NHKの101stでの瀬尾一三とのビッグバンドLiveを観ていたら・・TAMUJINとTAKEと僕とで

    70年代の写真を見ながらト-クしているシ-ンがあった(まったく記憶していない)

    「お-そうか・・TAKEともずいぶん久しく会ってないなあ」と思った時に・・決めた

    「同い年だったな・・会っとこうかな」

    久しぶりに会った・・ような・・気がしない・・のは・・何故か・・

    彼が現役感を持っているからだ、と、すぐに気がついた

    「懐かしい」とか「元気でしたか?」という、お決まりの感覚というのは

    まさに「あの頃を思い出しながら」の「ご無沙汰」な空気が支配して生まれると思う

    お互いに「あの頃は考えた事も無かった」であろう・・現在を生きている

    この言葉が適切かどうか・・だが・・あえて使おう「したたかに」

    帰り際にTAKEが「これは以前にTAMUJINが僕に資料としてくれた拓郎の古い写真です」と言って

    数枚の画像をくれた・・瞬間に「アッ!今やってる連載エッセイで使おう」と思った

    ので・・以下に数回で掲載する・・が・・どれをとっても・・「いつ、どこで撮影したものなのか?」

    ・・さっぱり覚えがありません(大笑)

    今日の1枚・・もしかしたらタムジン・シブヤマネ-ジャ-・シュウエイシャ担当・ヨ-ロッパ駐在員で

    ロ-マとスペインで撮影を行ったジ-ンズのCM撮影・・かも・・背景の家並みがそれ風に見える?

    続きは次回・・・・

    2024年11月7日  拓郎

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