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“絆”の案内所
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ここは、"絆"のコミュニティで行われるイベントなどをお知らせしたり、いろんなテーマに参加してもらう部屋じゃ!迷ったら、まずはここにウェルカムじゃ。
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from: チーたんさん
2020年07月01日 02時46分32秒
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皆さん今晩は!
僕にとっての絆とは、僕の周りの人達からの応援や、様々な教えを請うたりして、僕自身の羅針盤に成ってる事も多々有る中での仕事や趣味に於いてのアドバイス等は僕の人生には、欠かせないと思ってます。そう言う意味で言えば人生の教訓等を学べる言わば僕にとっては、人生そのものだと感じています。僕は、中学を卒業して8ヶ月後に上京親戚を頼り最初に東京と言う大都市に慣れる為に埼玉県に住む親せきの下でアルバイトしながら上京するに辺り僅かな金銭を懐に入れて親戚の紹介で都内の零細のスーパーに就職が決まりそのスーパーの精肉部でみっちり鍛えられて3年間辛抱をして肉の部位や総菜等有とあらゆる分野で経験を積みました。包丁の背中で手の甲を叩かれたり拳骨を貰ったり肉を引っかけるS幹と言うものが足先に飛んで来たりで辛い修行のお蔭でやっと3年間耐えましたが或る日僕が大変な風を引いてしまい熱が36度8分で仕事に出勤をした時に病院に行くなら仕事をしろ寮に帰って売薬を飲んで休むのなら休んでも良いと言われて真面に病院に行かせてもらえない会社なら辞めた方が良いと周りの知人から言われて止む無く辞める事にして別のスーパーに移りましたがそこのスーパーも入社したら手のひらを反すように条件が余りにも開きが有り過ぎてそのスーパーを1年で辞めて知り合いのスーパーが募集してるから来ないかと誘いが有ったのでそのスーパーに入社して8年後に不渡りを出して倒産止む無く故郷に戻りコンビニの店長後同じ系列の酒屋の配達及びルートセールスと集金業務僕一人でこなし7年後に安売りの酒の大手に顧客を奪われて敢え無く希望退職を余儀なくされて退職ごにビルクリーニングの仕事に就いて6年半でビルメンの技能資格を取得後に脊柱管狭窄症を患い退職その間に女房と子供を連れて女房から三下り半を突き付けられて敢え無く離婚普通なら家族の為に働いて職業病に掛かり離婚とは情けないやらで暫くは仕事に就けない混とんとした日々を過ごしましたが、思い切ってタクシー運転手に成り何とか食い繋いでましたがタクシー運転手と言うものは売り上げがを上げれば妬み嫉みと苛めが横行して止む無く精神を病んで退社未だに治らず苦しんでます。やっと今少しでは有りますが前に進んでます。ですから人に振り回されてきましたが、そんな中でも僕を支えてくれるタクシーの時の先輩が悪い時良い時も有るのが人の世の常だと教えてくれました。決して諦める事無くいつでも前に進んでゆけば自ずと道が開けるから信じる事こそが大事なのだと教えて頂いたので、今の僕が存在するのだと初めて気付かされました。感謝で堪えませんでした。文章が長く成りましたが、お許し下さいます様お願い申し上げます。
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