もうずいぶん前のことですが、
彼女さんと二人、県内の日帰り温泉に車で行った際、
近くで蛍まつりがあると壁に案内が貼ってありました。
フロントで詳しく聞いてみると、
わりと近いようなので行ってみることに。

川沿いに走っていると徐々に川幅が狭くなり、
こんな何もない田舎道のようなところで
祭なんかやっているのかな？
と思いながら尚も走っていると小さなトンネルがあり、
暗闇の赤先の赤い誘導灯を持った案内の人が突然現れ、
河原へ降りる道を指しています。

坂になった河原へ降りる細く舗装されてない道を降りていくと、
すでに結構な数の車が停まっていました。
元の道に上がりその小さなトンネルをくぐると、
急に空気が変わったような感じがして、
気づくと周りには無数の蛍！
その淡い光跡に包まれる感じは、かつて経験したことのないものです。
そっと手を差し出すとひとつの光の玉がとまり、
引き寄せた両手の中でやさしく明滅しています。

その後どこをどう歩いたか何故か覚えてないのですが、
道の先に高いフェンスで囲まれ、
いくつもの白熱灯の灯りに中途半端に照らされた
グランドのような場所があり、
何やら楽しそうな音が聞こえてきます。
何だろうと近づいていくと、
真っ暗な中にそこだけ明るく、賑やかなお祭りが・・・。

グランドの周りには焼きそばやりんご飴などの屋台が並び、
正面のステージでは土地の踊り？が披露されていました。
中央にはやぐらが組まれています。フィナーレは盆踊りなのでしょうか。
そのやぐらを囲むように地元の人たちが家族ごとに、
レジャーシートを敷いて座っています。

その賑やかな一角が何故か静かなのです。
まるで夢の中で見ているような。
フェンスの入口に立っていた人が、
私たちを見つけて手招きをしています。

「入っていいんですか？」と聞くと、
「どうぞお入りください」と笑顔。

思いがけず見つけたお祭り。
私は有名なイベントや、派手で大きなお祭りよりも、
こういう地元だけでやっている、
広くは知られていない小さなお祭りが好きです。

屋台でたこ焼きを買おうとするとお金はいらないと言います。
このお祭りは地域の予算で賄われているのだと言います。
何とラッキーな！
遅くなるので最後の盆踊りまではいられませんでしたが、
私たちは暫し、屋台巡りやステージのカラオケ大会を楽しみ、
入口に立っていた人に、

「もう帰られるのですか？このあと盆踊りがありますのでぜひ」

と引き留められるのを、

「本当にそうしたいのですが、時間があって帰らなければいけません」
「そうですか、残念ですがまたおいでください」

と見送られて、とてもいい一日だったと帰路についたのでした。

それから数年たった頃、ふとその蛍まつりを思い出しました。
あんなに良いお祭りだったのに何故次の年に行かなかったのでしょう？
あれはどこだったかしらと、自分がこの辺りと思っているところを、
Googleマップで見てみましたが、その辺りには小さなトンネルも、
グランドのような場所もありません。
そことその周りの市町村のホームページにも
蛍まつりのことは書いてありませんでした。

では私たちはどこのお祭りに出合ったのでしょう？
どう考えてもその辺りに間違いないのです。
でも情報は何も、欠片も見つかりません。
もうお祭りをやめてしまったのでしょうか？
あんなに盛り上がっていたのに？

まるで狐につままれ・・・あれは・・・
地元に棲む狐や狸のお祭りだったのでしょうか？
そういえば入口に立っていた人は釣り目気味の細い目をしていたような。

まるで創作のようでしょ？でもすべて本当の話。
入口は”こちら側”と"あちら側"の境界、いわば結界です。
あちら側から見れば出口はこちら側への入口なのです

私たちは境界を出てしまったのでしょう。
それが良かったのかどうかはわかりませんが、
もう一度あの蛍まつりに行ってみたい。
そう思いながらもう20年以上の時が過ぎ、
そこから遠く離れてしまいました。

いつかまた行けるでしょうか。
あの光跡の乱舞と赤っぽい照明で闇に浮かび上がるような祭り会場に。

信じてほしいとは思いませんが、
そういうこともあるかなと思っていただければ幸いです。